相場の真実

投資家は常に理想と現実の狭間で悩んでいる。理想とは「このくらい儲けられればいいんだがなあ」との期待感です。現実とは、理想と現在の自分の成績のギャップにある。また、投資家には自分の考えは常に正しいというプライドがあるため、成果によっては、そのプライドが傷つけられることがあります。

このように投資家は常にジレンマと自己矛盾の中で格闘しています。これらの問題を解決する方法はないのだろうか。ジレンマと自己矛盾が続けばいずれ疲弊して市場から退場することになるだろうから・・・。

多くの投資家はこのような問題を抱えながら投資活動を行っているわけですが、これらの問題を原点に立ち返り考えてみる必要があるのではないでしょうか。

当欄の解説は、主に投資家の心理面や投資技術を主体として解説しています。心理面においては、私自身の長い投資経験から解説していますが、投資の苦悩や悩みは投資家であれば共通した内容であり、当たらずも遠からずといったところではないでしょうか。

また、投資技術面では、徹底的に膨大なシミュレーションを行った結果をベースにして、できるだけ主観を交えず解説しているつもりです。

そこで、今回は投資家のジレンマと自己矛盾を軽減するために、投資技術と投資家心理の両面から解説したいと思います。私は極論ではありますが常に「投資の常識は非常識」と述べています。これらについては私自身の主観的な考えではなく、検証の結果得られた数値に基づいて客観的に解説をしているだけです。

ある検証を試みました。日経平均を日足ベースで過去1991年1月4日から2018年3月9日まで約27年間の検証です。日足ベースでローソク足の陽線と陰線の数を比較してみました。この27年間の株価変動はW型となっており、検証データとしては適しているのではないかと思います。

さて結果ですが、結果は27年間で陽線の数は3241本、陰線の数は3436本であった。陽線の比率は全体の48.53%となった。ちなみにTOPIXにおいては48.75%であり日経平均と大差はなかった。また、個別銘柄(約4000銘柄)を検証しても同様の結果となった。これは何を意味するのだろうか。

この結果の意味するところは、つまり「上げ、下げの確率は50%前後に収斂する」ということではないだろうか。これがまさしく相場の現実であり、真実ではないだろうか。

この結果から考えと、相場の勝率は50%前後であると言えないだろうか。私が常々述べている「相場の勝率は50%前後に収斂する」ということは、これらの検証を経た結果を解説しているに過ぎないのです。

もしこれらを相場の真実とすれば、実践においても勝率は50%前後であることを基本として考えなければいけないのではないだろうか。真実を受け入れることは、時としてとても辛いことではあるのだが。

もし、分析システムを採用する場合「この分析システムの勝率は50%前後ですよ」と言われれば採用する人はいないだろう。もちろん相場の真実を知らない投資家なのだろうが・・・。

反対に「この分析システムの勝率は80%以上ですよ。絶対に儲かりますよ」と聞かされれば気持ちもグラッとするだろう。しかし、私に言わせれば「勝率80%以上」などは、最適化された「捏造」と言ってもよいくらいだ。

冒頭に述べましたように「理想と現実の狭間」は、このような原因により起こるもので、理想を追い求める気持ちは分かりますが、現実に優るものはないのです。理想を追いあらゆる投資手法を探し回っても桃源郷はないのです。現実から目を背けてはいけない。

現実的には、勝率50%前後をベースに投資手法の構築を行わなければなりません。しかしながら、勝率50%前後で実践に入ると、頭では理解しつつも体感的にはかなりきつい感じがします。

実際、私自身が運用しているシステムも、その勝率は50%前後でしかないのです。そのため、損切りが続けば理屈は分かっていても落ち込みます。これがまさしく現実なのです。これが相場の世界なのです。

投資家には、さらに辛い出来事があります。それは勝率50%前後の中に「損切り」が入ってくるのです。損切りなくして利益なしです。このように相場の世界は非常に厳しい世界であることを認識してスタートしなければなりません。

そこで、素朴な疑問が湧いてきます。それは「勝率50%前後では儲けが出ないじゃないか」という疑問です。まさにその通りです。勝率50%前後では利益は出ません。

しかし、ただひとつだけ勝率50%前後でも利益を生む方法があるのです。それは損切りすることです。損失を限定することです。相場に必勝法があるとすればこれだけです。他に必勝法は絶対ありません。私はあまり断定的な解説はしませんが、これだけは間違いないところです。真実です。

あるとすれば、たまたまや偶然でしかないのです。長い間投資活動を実践すれば偶然などは一過性のものです。「昔は儲けたこともあったのに・・・」とは、この類でしかないのです。かつてカリスマ投資家と言われた人たちもこの類なのです。

現実、真実から目を背けているから投資家の苦悩は続くのです。現実、真実と向き合うのは、時として辛く痛みを伴うこともあります。しかし、拒否すればいつまでも苦悩は続きます。これが現在の投資家の現状ではないでしょうか。

現実、真実はありのまま受け入れ、苦悩から開放されるべきです。

少数派

投資家は常に不安の中にいます。下げても不安、上げても不安になるから不思議です。そのような時、投資家はどのような行動をとるのでしょうか。頭を抱えてウツ状態になっている人もいるかも知れません。あるいは、その不安を解消しようとあらゆるメディアを検索し、その情報収集に必死になっている人もいるようです。

これらは不安から生ずる当然の無意識な行動であり、メンタル面での不安を解消するのには、ある程度の効果があると思われますが、根本的な解決には至らないような気がします。

しかし、情報化社会となった現在では、それらの情報が氾濫し、その真偽のほどを確かめるのも難しいものです。これらの情報は、受け取る側の状況や心理状態によって大きく変わってしまうものです。

あまりにも大きな損失を被り、パニック状態のところに「この銘柄で一発逆転」などの記事があれば、ついつい見入ってしまうのではないでしょうか。人間は、言葉で聞くより活字になった情報を信じる傾向が強いとも言われています。

ある記事に「大きく下がれば下がるほどチャンスは大きくなるので、株式市場が大きく下がったら目をつぶって買うという投資戦略を取るのが、相場の鉄則ということになる」とあった。このようなとんでもない記事には驚いた。名前を明記して書いていただきたいものです。無責任極まりない。

不安を解消するのに情報収集をすることは良いと思いますが、その際には、情報を受け取る側が常に客観的で冷静な状態でなければ正しい判断ができないと考えます。しかし、損失が増大して「客観的で冷静な」といわれても無理な話である。冷静でない不安な状況であるから情報収集に走るわけですから、ここに矛盾が生じてくるわけです。

矛盾は悪循環を引き起こすことになります。悪循環は、投資の世界においては損失を意味することになります。

一般的に問題を解決・決断する場合には、プラスの面とマイナスの面の両方から判断しなくてはなりません。株式投資の場合は、たとえば「ここは大底だから買いに入ろう」と判断した場合、情報収集も自分にプラスの情報を意識的に見るようになってしまいます。しかし、投資にはリスクもあるわけですから、万一、反対の展開になったら「このようにしよう」という対策も同時に取っておかなければなりません。

要するに、投資家は中立的な立場から市場を判断しなくてはならないということです。さらに言えば、できるだけ少数派の意見にも耳を傾けなければなりません。特に相場の世界の情報は、市場の動向に追従し、振り回されて極論に走る傾向があるため注意しなければなりません。

私は常に相場の世界から社会を見ています。すると、一般社会にも大きな矛盾があることが良く分かります。感じることは、現在の社会は情報化社会であり、その多くはマスメディアからの情報であり、これらのマスメディアの報道の仕方によっては、善悪は別としても社会を大きく変化させてしまうことにもなります。

たとえば、現在大きな社会問題となっているのは地球温暖化の問題です。誰しも環境問題に関心があり、二酸化炭素の削減に関心を持っています。また、個々では禁煙問題などがあります。

これらの問題についても少数ながら異なる意見があることをご存知でしょうか。二酸化炭素問題では「人類排出の二酸化炭素による温室効果より、太陽活動の変化など自然由来の原因の方が大きそうだ。IPCCは、人類排出の二酸化炭素が主因だと断定しているが、これは間違った結論だ」というものである。

また、禁煙問題では「最近は禁煙ブームで喫煙率は下がっているのに、肺がんが増加しているということはどのように説明するのか。」などである。いつの時代も少数派の意見は異端扱いされています。

以上のように、今騒がれている問題に対しても異なる意見もあるわけです。我々投資家においても、マスメディアなどの情報に振り回されることなく、自分で考えて、自分で体験して、自分なりの投資スタイルで挑みたいものです。

投資で成功している人は少ないのです。成功している人が少ないということは、成功者は少数派であることになります。一般に少数派は時に非難を浴びることもありますが、少数派が常に間違いである根拠はないのです。

投資成績が芳しくないときは、苦痛であり何かに頼りたくもなるものです。このようなときほど責任を取らないマスメディアの情報などを鵜呑みにすることなく、自分の今までの投資スタイルを検証し、原点に立ち戻り考え直してみることです。マスメディアの情報は「大多数」であることを認識すべきです。

投資の世界で利益を上げ続けられるということは、翻って、大きな損を経験し、それらを苦悩の末に乗り切った先にあるものです。最初から勝ち続けるような投資家は、結局どこかでやられてしまいます。しかも最初に負けた投資家よりも大きくやられることになるのです。負けることは決して嬉しいことではありませんが、負けることも時として必要であると思います。

自分の考えで判断することは、そこに成長があるということです。

投資での痛手

投資で失敗するともう投資関連のニュースも聞きたくない。特に最近の仮想通貨の混乱ではかなりの痛手を負った投資家も多かったのではないでしょうか。「仕事も手につかないし、もう立ち上がる元気もないよ。もうおしまいだー・・・」と嘆いていた友人がいる。

市場が大きく変動すると投資家は大なり小なり同じような状況ではなかったのではないでしょうか。そして、市場から去っていった投資家も少なくなかったかと思います。市場から退場したものの、残ったのは大きく評価損となった塩漬け銘柄のみだったのではないだろうか。

「相場はもうこりごりだ、相場は今後二度とやらない、大失敗だった」と退場していく。退場したら証券会社や投資アドバイザーからのメールマガジンも必要ない。株式投資に関するすべてをシャットアウトしてしまう。その気持ちはよく分かります。私自身も過去にこのような状況は何度も味わってきたので心情は理解できます。

長く相場を見てきた私としては、このようなことは周期的に起こるものであり、時代が変わっても市場への入場、退場など何も変わっていないと感じています。そう言う意味では、歴史は繰り返されるということなのだろうか。

面白いことに「株は今後二度とやらない」と断言した投資家ほど、相場が上昇してくるとムラムラして「もう一回だけチャレンジしてみようか」となる。相場が上昇したところで買いに入るため、また高値掴みとなる。これも昔と変わらない。

はたして株式投資での失敗は、本当の意味での失敗なのだろうか。投資の世界では常に失敗は付きまとうし、長年投資活動をしてきても損からは逃れられない。そこで、私なりに「投資での失敗」についての考えてみた。

以前にも解説しましたが、株式投資における初心者の売買は、赤ん坊がはいはい歩きから立って歩くまでと同じではないかと考えます。赤ん坊は立ち上がって歩けるようになるまで、何度もつまづき転んで柱に頭をぶつけて大泣きしながらそれでも懸命に立ち上がろうとします。

赤ん坊がよろめいたり、つまづいたりするからといって、誰もその子をしかりつけたりはしないでしょう。その動作一つ一つが歩くことを覚えるための必要な正常な過程なのです。

もし、立ち上がって歩けるようなったことを「成功」と呼ぶならば、歩き始めの段階で転んだりすることを「失敗」と呼ぶでしょうか。転んだり、つまずいたりすることは「成功」するためのプロセスに過ぎないのではないでしょうか。

何度もつまづき転んで痛い思いしたことは、潜在意識に格納されて、大人になっても「転ぶと痛い」という意識が無意識に働き、注意して歩くようになるのです。大人になっても転ぶときはあるでしょう。しかし、大怪我をしないように手でサポートするはずです。

このようなことから、投資での失敗は投資で成功するための訓練課程であり、ある意味では成長するために必要不可欠なプロセスと捉えることはできないでしょうか。何事も一朝一夕では成し遂げられないものですから・・・。

相場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言があります。これらとはちょっと意味合いは違うかもしれませんが「もうダメだは、まだまだである」と考えるべきです。「もうダメだ」という冷静な判断ができているうちは、まだ余裕がある証拠です。本当にダメな時は、思考能力が失われ放心状態になるはずですから・・・。

もし、被害を被った投資家であっても再度立ち上がる勇気、気力があれば今までの失敗の原因を調査したのちに果敢にチャレンジしていただきたい。長い期間投資活動を止めて、再活動をする時は、すべてゼロからのスタートとなります。ゼロからの再スタートはかなりのエネルギーを必要とします。

逃げては何も残りません。逃げてもまた元のところに戻るだけです。今逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要となります。何事にも逃げずに困難に立ち向かうべきです。相場は続けるものです。

時を待て

最近の株式市場の下落の理由として世界の中央銀行が金融政策を引き締めるとの見方が強まりつつあることが理由の一つだと米ニューヨーク連銀のダドリー総裁が述べた。「世界経済が非常に速いペースで成長しており、その結果として世界の金融当局が緩和策を解除し始めている、もしくは緩和解除の開始を検討しているという事実に市場が適応しつつあるのは明らかだ」と指摘した。よって、債券利回りは上昇し、そして利回り上昇に伴い株式市場への圧力が若干強まってきていると加えた。

株式市場の下落の指摘には非常に妥当な解説のように見受けられる。実際にその通りだろう。だが、なぜそれが今なのかを説明できる人はいない。仮想通貨の下落が要因であると言う人もいるが、実際のところは誰も分からない。

「良く当たる言われるエコノミスト」「大儲けしたと言われる投資家」「大儲け必勝法」などには多くのファン(信者)が集まる。ところが、これらを統計的な手法で検証すると、過去においてパフォーマンスが良かったものの、次の期間も続けてパフォーマンスが良いという検証データはない。これらはほとんど偶然に過ぎない。

市場変動はファンダメンタルズにあると言われているが、理論的にはその通りであろう。しかし、我々の扱う短期売買ではその理論も薄れてくる。短期売買での分析では需給関係や投資家の心理状態が大きく作用してくるのです。

株式市場は、短期的には市場参加者の楽観度合いと悲観度合いの変化を心理的に表したものであり、投資に心理的要素を無視する投資家は、最終的に敗者になってしまうだろう。

株式投資には「絶対」ということは無く、常に試行錯誤の中で売買を行なっている。不安の中での売買は、雑多な情報に振り回されることも多い。投資の世界は、孤独なビジネスの世界であり、何かを心のよりどころにしたくもなるものです。

投資の世界では、市場の分析以前に投資家自身の分析を行わなければいけない。知識や経験の度合いを理解しておかなければならない。また、間違いを犯すことことを恐れず、その間違いの原因を追究し理解することに意義がある。株式投資は、この間違いの是正の積み上げにより上達するのだが・・・。

結果的にはその通りだろうが、欲の絡んだ世界で孤独な売買を続けていると、知らないうちに考え方が曲がってしまう。人間である以上、失敗は繰り返される。悲しいかな、これは私自身にも言える。同じような失敗を何度も繰り返す。

私はこのような時に思い出す言葉がある。「負けの原因の多くは自滅である」。実際にはその通りであろう。特に相場においては・・・。誰しも理屈は分かっているができないのも人間の本性でもある。

また、「成功者とは多くの失敗を繰り返した者である。ただ、それをあきらめなかった者である。」とも言われている。しかし、理屈は分かっているが実践できない。投資を行う者は、常にこのようなジレンマに陥る。

このような場合、投資家はどのような対応をすべきだろうか。そのような時は、少し現場から離れて、それらに関係のないところに身をおくべきだろう。負け続ければ平常心も失うだろうから、少し冷却期間を置いて平常心を取り戻そうというものです。

私の語録に「時に、何もしないという選択肢もある。無理にあせって答えを出すことはない。時間を与えよ。」「悩んで、焦って結論を出すな。時が正しい答えを出す。焦れば必ず判断を間違える。時を待て。」とある。

また、物事がうまくいかないときには「失敗とは、あなたの行く道は、そちらではありませんよという暗示である。」と受け止めるているが、人間とは愚かなもので、長い人生を歩んできても同じ間違いを何度でも犯すもの。

今回の相場下落で頭を痛めている投資家もいることでしょう。そのような投資家に送る言葉。「人生とはぶっつけ本番、失敗するのは当たり前、くよくよせず立ち上がろう。」

自戒の念を込めて。

インタビューを受けて

先日、私が林投資研究所の林知之氏(林輝太郎氏のご子息)のインタビューに答えた記事が書籍として出版されました。タイトルは「億トレⅢ」でマイルストーン社、定価(本体2500円+税)。個人トレーダー10名の共著ですが、私の経歴や現在の売買状況などが掲載されています。

その一部をご紹介します。『』内は林氏の質問および感想です。

■林氏『先日、拝見した先物のシステムも、同じような緻密なポジションの取り方でしたね?』

株価指数の先物をトレードする場合、指数そのものの動きを見るのではなく、その指数を構成する個別銘柄すべての動きをチェックする必要がある、というのが私の考え方です。ロジックそのものは単純でいいのですが、ポジション操作を丁寧にすることが重要だと考えています。」
■林氏『するとポジションが0~100の間で非常に細かく動くと言うことですね』

どちらかがゼロになることはありませんが、売り買いの一方が90を超えるケースはあります。たとえばリーマンショックの時は売りが極端に多くなり、結果として大きくとることができました。多くの人は「損切り」とか「利食い」という観点を意識しすぎるかもしれませんね。「値動きに応じたポジション操作があるだけ」という考え方でいいのではないでしょうか。でも私のシステムは順張りなので、保合の相場に弱いのが欠点です。
■林氏『常に順張りですか?』

はい、そうです。手仕舞いとかドテンを前提にシステムで臨むと、必然的に順張りになると考えています。
■林氏『それには同意します。売り値が買い値より高くなければ利益になりませんが、「安く買って高く売る」では正しいポジションの取り方に結びつかないと思います。強い銘柄を、高くてもいいから買い、さらに高値で売る、ということですよね?』

それでは、まだ、弱いと思いますね。高く買って、さらに高値で買い乗せるんですよ。価格の推移とポジションの増加を、単純に図式で考えて見ましょう。「100円ごとに買い下がる」ルールだと、下がっていく中でポジションが膨らんでいき、どの時点でも評価損です。しかし「100円ごとに買い上がる」ルールならば、上がっていく相場に対してポジションを増やしながらも、評価益の状態が維持されます。私は、こういう考え方を基礎にして、現実の安全性を盛り込んだポジションの取り方を規定しているのです。狙い所にもよるのかもしれませんが、株の場合はこの考え方で正しいと思っています。評価損は多大なストレスを生みますが、評価益はハッピーな気分にしてくれますしね。
■林氏『なるほど、とても納得できますね。予測の的中率に限界がある以上、メンタル面は非常に重要です。』

私が「相場に向いていない」と感じるのは、感情をコントロールする能力が足りないという意味です。トレードのキモは、先見の明や分析力ではないし、情報収集力でもありません。ちまたの使いものにならないような指標は論外として、テクニカル分野においても、自分の感情をどうコントロールするかがカギになります。「トレードは、歓喜と絶望とストレス」という説明がありますが、まったくその通りだと思いますね。
■林氏『システムは、ストレスを軽減してくれますか?』

もちろんです。ストレスの問題を解決できず、トレードをやめようと何度も考えたのですが、「これしかない」という気持ちを続けながら、パソコンを使ってトレードシステムを確立することがストレスの軽減につながると気づいたのです。
■林氏のまとめ
『照沼氏は、最初から純粋な個人トレーダーとして研究を重ねてきたうえに、トレードシステム構築のために理論立てて考えてきた経験があるから、借りものではない言葉を発する、重みのある言葉で話す、というのが私の印象だ。やさしく穏やかな表情の中心にある2つの目には、嫌みのない輝きがある。比較するのも失礼だが、中途半端に金融の現場を経験した者たちの警戒心あふれる目つきとはまったく違う。このように立場や経験の異なる実践家との相場談義は、自分のことを再確認する最高の機会である。そして、照沼氏は、これからも長くおつき合いしたいと心から思える、魅力的な人物だ。』

収益の源泉

仮想通貨取引のコインチェック社で、顧客の預かり資産を引き出されるというニュースがあった。投資の世界では何があってもおかしくない。いつしか自分を見失い、暴走し破綻してしまうことのないようにしたいものです。特に需給関係のみで変動する理論のない取引には要注意です。

しかし、理論があるからと言って儲かるものでもありませんが「原因なくして結果なし」です。私たちの立場から考える投資(特に株式投資)とは、実体経済の二次的な要素であり、理論的には、その収益を実体経済以上に求めることはできないということです。理にかなわないものは、いずれ崩壊してしまうということになります。

一般に、株式投資は、今後成長が有望視される企業に株主として参加するわけです。投資した企業の利益の中から配当などを得て、さらにはキャピタルゲインによる収益の可能性が発生してきます。これらを含めて投資家の収益となるわけです。

反論もあると思いますが、私は「長期的な視点から捉えた場合、株式投資における投資利回りは、投資した企業の利益率を上回ることはない」と考えています。もちろん、一時的にキャピタルゲインなどで、投資した企業の利益率を上回ることもあると思いますが、長期的に見れば、それらを上回ることはないと考えています。

ですから、株式投資を長期的な視点で考えれば、企業の利益率より大きく上回り何倍もの収益を上げることはできない。なぜなら、投資投資は、実体経済である企業収益が主であり、我々投資家は従の関係にあり、投資家の収益の源泉は企業収益からとなるからです。長期的視点では、主従関係が逆転することはないと考えます。

このように、長期の視点で判断すれば、一時的な大儲けは間違い(偶然)であると言えるのではないでしょうか。このような考えに基づけば、一時的に大儲けした手法で継続運用すれば、その手法は間違(偶然)っているわけですから、いずれ同等、あるいはそれ以上のマイナスをもたらす結果になります。この点を十分理解してください。

欲張って、企業業績を上回る利益率を求めるため、大きなレバレッジをかけて収益を上げようと試みるも、最終的には、金融危機のように「信用バブル」を引き起こす結果になりかねません。注意が必要です。

以上のように、本来あるべき投資収益は投資家が思っているより大きくはないことを自覚しておかなければなりません。誰でも大儲けしたいと思うのはやまやまですが、たとえ大儲けできたとしても、それは偶然であり、その思考や手法が間違っていたと割り切って考えるべきです。

投資を客観的に、しかも冷静に考えればその通りなのですが、つい利益追求のみに走りそこに何かを忘れているような気もします。投資家の収益の源泉は何であるかを忘れてはなりません。

信用バブル

アメリカの株価は2008年のリーマンショック以降、金融緩和もあって回復基調を続けいますが、各方面から「もうバブルではないのか」「いやまだまだだ」などの声が聞こえてきます。相場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」とありますが、どうなりますか・・・。いずれにしても、常に危機管理対策は講じておかなければなりません。

さて、金融危機の要因である「信用バブル」とはどのようなものなのか。それは、「お金を借りて、それを元手にお金儲けをしよう」という文化が行き過ぎた結果と考えればよいでしょう。

日本のバブル崩壊も金融バブルから不動産バブルとなり崩壊しています。不動産が上昇している間は借金して購入しても利益になります。当時の日本は一億総不動産屋といわれた時代でした。

要するに「レバレッジ」の大衆化です。レバレッジの大衆化は、まずリーマンのような「投資銀行」というビジネスが先鞭をつけ、続いて「ヘッジ・ファンド」の大衆化、そして「投資目的の不動産購入」の大衆化、さらにFX(為替証拠金取引)のような「レバレッジをかけた投資」の大衆化ではなかっただろうか。

このように、本来かなりリスクのある投資を、普通の人が普通に誰でもやれるようになったことが「信用バブル」と定義付けられると思います。翻れば、これは「普通の人の危険なビジネスに金融機関が加担してお金を貸すようになった」ということでもあります。

このような「信用バブル」の文化の行き過ぎが行くところまで行った結果が、リーマン・ブラザースのような投資銀行が、この大衆化の過程でお金をどんどん出していった結果です。

サブ・プライムローンは「普通の人が不動産投資をするような時代となり、貧しい人々でも高金利で家が買えるようにするのが良い」という誤解された「文化」の生み出した商品のひとつに過ぎません。

ただ、これは金融だけの問題ではありません。世界中であらゆる方面にゆがみやひずみが噴出しています。産業資本主義と金融資本主義の間のひずみ、グローバルに活動する企業と政府の間のひずみ、先進国と新興国や資源国のひずみ。これらの問題が引き金となって引き起こされます。今後、世界はこれらのさまざまな問題に対処しなくてはならなくなります。

このようにグローバル化された米国流の行き過ぎた金融資本主義は、本来の人間社会の秩序を乱し、そして限界を示し、もはや続かないと考えたトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げ、国内回帰を宣言しています。

我々投資家は、リスクを承知で投資活動を行っています。投資も撤退も自由です。しかし、企業における人材は、投資家の立場とは異なり、企業にすべての生活がかかっています。祭りの神輿も担ぎ手がなければ動くこともできません。

人口や企業が生み出す富など実物経済に限りがある以上、金融ビジネスにも限界があります。株式投資において、配当以上の収益にはリスクが存在することを絶対に忘れてはいけません。

我々投資家も秩序ある投資スタンスで活動していきたいものです。

ブームはバブル

最近は仮想通貨(ビットコインなど)が話題になっています。CMなども盛んに行われています。相場の世界には「投資経験のない人まで投資を始めたところが天井である」という話もあるのだが・・・。

仮想通貨とは『特定の国家による価値の保証のない通貨であり、主にインターネット上で「お金」のようにやりとりされ、専門取引所などで円、ドル、ユーロ、人民元などの法定通貨と交換することで入手でき、一部の商品やサービスの決済に利用できる。紙幣や硬貨のような目に見える形では存在せず、電子データとして存在し、不正防止のために暗号技術を用い、ネット上の複数コンピュータで記録を共有・相互監視するブロックチェーンで管理されている。このため仮想通貨は「デジタル通貨」「暗号通貨」と呼ばれる。』とある。

つまり、仮想通貨は「価値の保証のない通貨」である。しかし、一般的な投資対象(株や為替など)も価格の保証はない。では、仮想通貨と株式投資はどこが違うのだろうか。仮想通貨も需給関係で変動するが、需給関係が発生する要因は何であろうか。

仮想通貨は、海外などへの送金や決済時の手数料が安くすむほか、送金・決済時間を大幅に短縮できるなどのメリットはあるが、一方、法律に基づく監視の目が届きにくいため、違法取引、脱税、資金洗浄(マネー・ロンダリング)に利用されやすくなる。このように仮想通貨は、まだ熟成されていない発展途上のシステムのようにも見える。

これらの問題について、ある経済評論家と話をした。彼は「仮想通貨は利用者の信用のみに基づいているので、まったく価値がなくなるリスクもある」と言っていた。やはり投資の最終的なよりどころは、株式投資だろうとも言っていた。

仮想通貨のチャートを見ると、中国の株価が天井を打った2015年のチャートのようにも見える。中国の株価は当局の統制が入り、3000ポイント台をキープしているようだが・・・。

話題は少し変わりますが、仮想通貨のような指数をそのままテクニカル分析で判断するのは非常に危険です。大体は失敗するだろう。日経平均やTOPIXなどの指数のみで分析することも危険です。つまり、ひとつの時系列データのみを分析して、それらを売買に利用することは、そこに理論的根拠がないような気がします。

そこで私に質問があった「あなたは先物の売買をしているようだが、先物も指数であり、ひとつの時系列データのみで分析して売買しているのでは」と。そこで私は、「ひとつの時系列データのみ分析しているのではありません」と答えた。

その理由として、私の先物売買は先物の時系列データのみで分析しているのではなく、先物を構成している銘柄、たとえば日経平均先物であれば、これらを構成している225銘柄を分析し、または、TOPIX先物であれば、これらを構成している2、000銘柄を個々に分析し、それらを集計して、その結果により売買の判定を下しているのです。決して、時系列データのみで分析して売買しているのではありません。売買は先物であるものの、売買は個別銘柄の売買のようなものです。

「根拠の軽薄なものに対しては、結果はさらに軽薄なものとなる」と言うことです。系列データのみで分析では、その根拠が軽薄なものとなります。ですから、私は為替取引や仮想通貨取引はやらないのです。

ある投資家が言っていました。株式投資で投資金が半分になり、資金か少なくなってしまったので為替の取引をして資金はさらに半分となった。資金がなくなり仮想通貨取引を始めたもののタイミングが悪く、暴落に巻き込まれ投資資金はパーになってしまったとぼやいていた。

常識的なことですが、ブームだからといってあまり分からないものには手を出さないことです。楽して儲かることはないのです。「ブームはバブル」なのですから。

大いなる旅路

投資家は投資家自身の性格や資金量によって投資手法を構築しなければならないことすでに述べています。投資手法構築に当たっては「相場には何があるか分からない」ことを前提に売買システムを構築しなければなりません。

投資に対する考え方や投資手法は、投資家それぞれに考え方もあると思います。裁量的な売買が得意であればそれでよし。逆張りが得意であればそれでよし。私はシステムトレードであり、また順張り手法を採用しています。これは私の性格に合っているからであり、これがベストであるというわけではありません。

私も当初は裁量的トレードでしたが、気の小さい私は、そのつどの判断に苦慮し迷い、相当のストレスを受けていました。ストレスが大きくなれば平常心は保てず、結局は判断を間違えるという結果になりました。

そして、長い道のりを経て最終的にシステムトレードにたどり着いたわけです。多くのシステムトレードのシミュレーションを行うに当たって、逆張りではシステムが構築できないという結論に達し、最終的に順張りを選択したわけです。

実際にシステムトレードで順張りを行うと、裁量トレードではできない無理な場面にも遭遇します。たとえば、買いから入って順調に上昇となったものの、さらにそこから急騰し、日経平均で1000円も上昇するものなら、所定の買い付け枠を全部買いというサインを出してくるのです。

一般的には1000円も上昇すれば利食いするところでしょうが、順張りでは1000円上昇の後にさらに買い付けすることもあるのです。通常の裁量トレードでは、そこからの買い付けは困難なものかと思います。

つまり、システムトレードの順張りでは、通常は行わないような売買も発生するのです。そのシステムによほどの信頼がなければ実行できないことです。

投資の世界では多くの投資家が負けているという現実があります。この現実は統計上からも否定できないところです。負けの現実の中には、投資の知識も乏しく、資金に任せて売買している投資家もいるでしょう。多少知識があっても追い詰められた状態で大きく損を出してしまう投資家もいるでしょう。

要は多くの投資家が負けているという現実です。それは以前にも解説しましたように「儲けたい、損をしたくない」という感情からくるもので、このような感情で売買すると長い間には全員負けるという結果になるのです。

これらを突き詰めていくと、感情的な売買では儲からないという結論になるのではないでしょうか。これは決して裁量トレードを否定するわけではありませんが、投資では、相場展開しだいでは投資家の感情が揺れ動くこともまた現実です。

感情が揺さぶられれば疲れます。疲れていては良い仕事ができないのも明らかでしょう。そこで「強固な精神力を鍛えて」と言っても、投資とは長い期間続けるものです。はたして人間は長い間緊張状態を保つことができるでしょうか。

このような状況から投資家は投資手法を常に模索し続けているのです。現在の私も、もっと良い方法があるのではないかと模索中です。もうちょっとアイデアのほしいところです。

投資に完璧はないのですから、裁量トレードでもトステムトレードでも良いのです。たとえば、売買の大枠はシステムトレードで、細かな売買は裁量トレードでといった方法もあるのです。

多くの投資家は常に自分に最適な売買法をあれやこれやと模索しながらトレードしていると言っても過言ではありません。投資とは模索の大いなる旅路なのです。

儲けたい、損したくない

投資成果が相場変動に左右されるのは仕方のないことですが、投資家は成果が上がれば、それを自分の実力と錯覚する傾向があります。注意が必要です。もちろん実力のある投資家もおりますので、そのような方はこの限りではありませんが・・・。

しかしながら、多くの個人投資家は希望する成果を得られないでいます。以前にも解説しましたが、投資を始めて5年も過ぎるとほとんどの投資家はマイナスとなっているというデータもあります。

確かに、毎年開催されるトレーダーの会合に続けて参加していると、5年も過ぎればメンバーのほとんどが入れ替わっていることが、これらを物語っているのでしょうか。

売り買いしかない二者択一の世界で、なぜ5年も過ぎると皆負けてしまうのだろうか。半分ぐらいは勝者となってもよさそうなものですが・・・。私はこれらの不思議について以前から考えていました。そして、それなりの結論を見出しています。この点を私なりに解説してみましょう。

まず、初心者に限らず投資家は誰でも「儲けたい、損したくない」という共通の意識で市場に参入してきます。ベテランになってもこの気持ちは変わらないと思います。

私は、この「儲けたい、損したくない」という意識(気持ち)が5年も経てば皆負ける原因ではないかと考えています。つまり「儲けたい、損したくない」イコール「皆負ける」という構図にはならないだろうか。不思議に思うかもしれませんが、例を挙げて解説してまいりましょう。

たとえば、ある銘柄を買い付けしたとします。その後、その銘柄は上がるか下がるかします。もし、買い付け後に下がってしまったとします。その時も「儲けたい、損したくない」という心理が働きます。「儲けたいが下がってしまった」となります。

下がってしまうと損となりますが、その損は「評価損」であり、実損ではありません。そこで、この評価損なら今後上昇となれば損は小さくなり、あわよくば利益となるかもしれないという気持ちになり、「儲けたい」という心理が働きます。投資家なら誰でも同じです。

そうして含み損を抱えながら、どうしたものかと考えます。損は損でも評価損なら耐えられると言ったところでしょうか。そして、塩漬けに・・・。

では、上がった場合はどのような心理状態になり、どのような対処をするのでしょうか。上がれば利益にもなり「儲けたい」という気持ちがどんどん膨らんでいきます。しかし、持ち株が上昇するも何となく不安がよぎってきます。

もし、ここが天井で下げに入ったらどうしようと不安になります。実際に高値から下げたとします。すると投資家は、まず「あの高値で売っとけばなあ」と思います。そして、下げが始まると、高値時の評価と現在の評価を比べて「損をした」と感じます。まだ、評価益があるのにもかかわらず、高値時と比較し損をしたと捉えてしまうのです。ここでも「損をしたくない」という心理が働くのです。

つまり、下がって損におびえ、上がっても損におびえる状況になります。この状態を実際の売買に置き換えてみると、下げられれば「損をしたくない」という心理から実損を嫌い持続することになる。上がれば、儲けたいのはやまやまだが高値覚えで、多少の押しで高値時の価格より損をしたくないので早めに利食いしてしまう。

これでは結果的に「損大利小」となり、これを繰り返して5年も過ぎれば全員が損をしてしまうことになる。何をか言わんやである。このように投資家心理をそのまま売買に繋げるような裁量トレードでは、投資家全員が負ける結果になるのです。

これらは私自身にも共通するものです。であるから、私は裁量トレードをやめて、システムトレードで売買するようになったのです。