流れに沿った売買 そのⅡ

我々個人投資家は外部環境がどのようになろうと、したたかにチャレンジして行かなければなりません。前回、どのような相場環境でも継続的な運用を行うには「流れに沿った売買」が適していると解説しました。

暴落などは、投資の世界の恐ろしさをまざまざと見せ付けられます。そして、投資家はそのような環境の中で多くの体験をします。それらの体験の中で、もし、その売買を「流れに沿った売買」であったとしたらいかがだったでしょうか。

「もし」という仮定の話は相場の世界では通用しないことは承知していますが、暴落の場合「流れに沿った売買」であれば、ほとんどの銘柄が「空売り」となって、それなりの利益も見込めるのではないでしょうか。

では「流れに沿った売買」とは、具体的にどのような手法を言うのでしょうか。「流れに沿った売買」とは、大きな意味での「順張り」ということになります。つまり、下げを確認してからの「空売り」、上げを確認してからの「買い」ということです。

これらの判定如何で投資成績が大きく変わってしまうほどです。しかし、これらの判定は非常に難しく、私自身も長年研究をしていますが、究極のシステムの完成には至っておりません。もしかして、これらの判定は永久に無理なのか、あるいは、まだその究極の手法が発見されていないのか・・・。悩むところです。

仮に、その判定の確率が50%とします。つまり勝率が50%であるということです。勝率50%であるとすれば、この条件下で利益を上げようとするならば、やはり、利益の時は大きく、損の時は小さくする以外の方法はありません。

しかし、これらは理屈であって実践となるとなかなか難しいものです。そこで、簡易法ながら、ひとつの考え方を提示してみたいと思います。これらは、あくまでも考え方として捉えてください。

まず、一番簡単な「流れに沿った売買」は、株価が高値から○%下げたら下降転換、株価が安値から○%上げたら上降転換とすれば、安易にその判定はできるはずです。しかし、実際にこの手法で売買しても収益は上がらないと思います。なぜなら、それは誰でも考えそうな手法ですから・・・。

実際には、これらの転換で売買をするのではなく、転換後の手法が重要になります。ここで、ある程度の転換点を見出した後に、その転換に沿った逆張りを行うのです。ここで重要なことは「この逆張りは、転換を確認してから行う」ということです。

ここでの逆張りは、決め打ち的な逆張りという意味ではなく、買いの場合であれば「下げ止まり」を確認後ということになり、空売りの場合であれば「上げ止まり」を確認後に仕掛けに入るということになります。「上げ止まり」「下げ止まり」は、ある意味では、超目先的な順張りと言えなくもないのですが・・・。

買いに入ったら「上げ止まり」で利食いします。空売りに入ったら「下げ止まり」で利食いします。もし、目先売買の場合に、買いの仕掛け時の「下げ止まり」の最安値を切ったら損切りする、空売り仕掛け時の「上げ止まり」の最高値を抜けたら損切りするなども効果的です。

ただし、上昇転換を確認したら、その後の売買は下降転換するまで「買いのみ」で行うものとします。下降転換を確認したら、その後の売買は上昇転換するまで「空売りのみ」で行うものとします。

ここでの「上げ止まり」「下げ止まり」の確認は、一般の目先的なテクニカル分析指標でも可能であると思いますが・・・。

相場格言に「森を見て、木を見よ」とありますが、ここでの森は「転換の判定」であり、ここでの木は「転換後の逆張り」に当たります。

「上げ止まり」「下げ止まり」については、拙著「仕掛け・損切り・利食い、プロのノウハウ」に記載されていますので参考にして下さい。

以上のような考えのもとに投資手法を組み立てることにより、継続的な運用が可能な「流れに沿った売買」となるのではないでしょうか。私が長年、相場の世界を体験してきて、現在考える中ではベストな投資手法ではないかと思われます。これらの考え方は、遠い昔の中国の投資指南書にも書いてあったような気がします。

流れに沿った売買

投資手法において、通常の相場展開では、一般的なファンダメンタル分析やテクニカル分析もある程度は機能するでしょう。しかし、相場には考えてもいないような展開も起こります。○○ショックによる急落や要人の発言などによる急騰など。そのような時、投資家は通常の分析手法が役に立たないことを実感されたことでしょう。

そこで、相場急転で懲りた投資家は、急騰、急落でも通用する手法を模索することになります。あれこれ苦心して、急騰、急落でも凌げる売買手法がある程度でき上がったとします。しかし、急騰、急落にも対応した売買手法を見つけたとしても、その手法がオールマイティにどのような相場展開でも通用するでしょうか。

相場には上昇相場、下降相場、そしてもちあい相場とあります。さらに上昇期には大暴騰もあるでしょうし、下降期には大暴落もあるでしょう。これらに対応した売買手法が、果たしてすべての相場変動に通用するでしょうか。

テクニカル分析を好む投資家は、多くのテクニカル指標から自分なりに合った、いくつかの指標を組み合わせなどして利用されると思います。この時に急騰、急落に指標を合わせ、それらを利用し理屈の上では急騰、急落を乗り切ったと仮定したところで、これらは実際の運用では通用しないと思います。

これらはファンダメンタルズ分析においても同様なことが言えると思います。なぜなら、通常相場では機能するPER、PBRは、急騰、急落の時に適用できるでしょうか。これらの指標の水準が未来永劫、基準として採用できるでしょうか。

つまり、投資の世界には絶対的な基準がないということです。ではどうするか。これらの問題は、投資家の永遠のテーマとなっています。しかし、現在投資活動をしている投資家とっては切実な問題でもあります。私とて、これらの問題に対峙し、日夜孤軍奮闘している状態です。

投資とは、これから有望だろうと思われるところに先行して資金を出資するものです。「これから有望・・・」を心の支えとし、また信じての行為ですが、そこには、不確定要素というリスクも多く内在していることでもあります。

現在のような情報化社会では、その経済状況がめまぐるしく変わり、対応できない状況にあります。暴落時には、まるでバンジージャンプをしているようです。企業経営者も想像すらしていない状況になるのです。

経済状況の急変により、経営者も想像できない状況下で、結果的に、我々投資家はさらに想像もできない事態となっています。これから先の経済状況も読めない状況では、さらに投資に対する自信も持てなくなってしまいます。

傷ついても八方塞がりの状況下であっても、投資を志す者は、あきらめず勇気と気力と知恵を持って進むべきです。そこで、上記の問題を解決する方法、つまり、どのような相場展開になろうとも運用が継続できる方法は何か考えて見ましょう。

これらの問題の解決策は非常に簡単なものです。これらは、私自身が実践し、長い間相場の世界で生き抜いてきた考え方です。それは、当欄でも何度も解説しています「流れに沿った売買」です。

「流れに沿った売買」、つまり、株価が下げ始まったら「空売り」し、株価が上げ始まったら「買い」に入るという、いたってシンプルな手法です。相場の流れに逆らわず、流れに沿った売買です。これらの考えを基本として、売買手法を組み立てることです。

投資家は、企業業績の見通しを立て投資するわけですが、これらの企業業績も遅かれ早かれすべて株価に繁栄してくるわけです。また、企業業績(暴落以前の業績)も無視した大暴落においても「流れに沿った売買」であれば無難に運用継続が可能になるのではないでしょうか。

どのような相場展開でも通用するオールマイティな投資手法があるとすれば、それは「流れに沿った売買」であると私は確信しています。よって、これらの考え方をベースにして投資手法の構築を図るべきではないでしょうか。

体験に勝るものなし

株式市場は世界的に下落した。これは、トランプ米政権が貿易赤字削減に向け、アメリカン・ファーストの一環である保護主義政策を相次いで打ち出した結果である。これらにより世界の株式市場で株価が急落するなど、世界経済は政治リスクに直面しています。

朝起きて相場を見たらびっくりするほど下げていて、狼狽してしまった投資家も多かったのではないかと思います。相場の世界では、このようなサプライズは常に発生するため、投資家は常に対処しておかなければなりません。

では、このような突然のアクシデントに対応するには、どのようすればよいのか考えてみましょう。

投資での最大のリスク管理は「損切り」でしょう。しかし、その損切りは精神的に痛みを伴うものであり、ましてや損切りが続けば嫌気がさしてきます。相場とはそのようなものだと分かっていても割り切れないものがあります。

損切りは一番辛いものではありますが、もっと辛いことがあります。それは損切りしたものの、そこをボトムとして急騰してしまった時には、損切りによる損失と急騰により儲けそこなったという思いでダブルのショックを受けます。

損切りはやむを得ないとしても儲けそこないは損切りよりさらに辛いものでしょう。投資家であればこのようなことは何度も体験されているのではないでしょうか。このような現象は、投資の世界に参入したことを後悔させる現象でもあるのです。

それではこのような現象、つまり損切り後に急騰して後悔するようなことは避けられないのでしょうか。損切りはやむなく受け入れるが、どうも損切り後に急騰することには絶えられないと多くの投資家は嘆いています。

そこで、これらの対策について考えて見ましょう。まず、ある銘柄を買い付けしたとします。買い付け後に損切りラインを設定します。そこで、その損切りラインに(同銘柄に)逆指値で「売り(空売り)」を入れておきます。

買い仕掛け後に当初設定した損切りラインに達した場合には、そのラインに空売りが入ります。これで買い付け銘柄と同銘柄の空売りを行ったことになります。これで損切り金額が確定したことになります。その後は株価がどのように変動しても損切り金額に変化はありません。

しかし、このままでは損切り金額が固定されたままです。もし、株価がそのまま下落して戻りそうもないときは、いつでもどのポジションでも任意に買い銘柄と同空売りを同時に決済します。これで損切り金額が確定することになります。

もし、損切り水準に達して同銘柄を空売りしたとします。その後株価が急騰してきた場合、どの水準でも構わないのですが、できるだけ買値の水準と損切りの水準の間で空売り分のみを決済します。

この時点で当初の損切り金額が確定します。その後は株価上昇についていき、買い付け値を上回れば当初の利食い目標値で利食いします。しかし、それは相場のことであるから、予想通り順調に上昇して利食いできる保障はありません。

上昇と見込んで空売り分をはずしたものの、意に反して下落してしまったらどうしたらよいものか。その場合は最初の損切りラインに達したら再度同銘柄の空売りを行えば良いわけです。そして、上記の対処を繰り返します。

新規の仕掛けと同時に、設定した損切りラインに反対売買の逆指値を入れておけば、不安になって、いちいち相場を見ることなくメンタル面の負の部分が大いに軽減されることになります。

これらの一連の作業は「つなぎ売買」の一部ですが、一度体験されると分かりますが、単発の損切りより精神的な負担は考えているより軽減されることは間違いありません。「体験に勝るものなし」です。

投資の世界では主に上がるか下がるかに終始しがちですが、実践では投資のテクニックも学ぶ必要があるのではないでしょうか。

ギャンの投資手法

私は常々「ブームはバブル」と述べています。投資体験の長い方には理解いただけると思います。これは投資の世界に限ったことではなく、あらゆる経済活動や一般社会にも言えることです。

最近のブームと言えばやはり仮想通貨でしょうか。ある米国の経済学者が述べていました。「我々の考えでは、ビットコインの内在的価値はゼロだ」とし、「例えば国債や株式、紙幣にはそれに対して支払いの義務を持つ対象があるが、ビットコインにはない。ビットコインは収入も生み出さない」と論じた。

そして、ビットコインは資産バブルの本質的な基準を全て満たしていると分析。過剰取引や「新時代」的考え方、高いレバレッジを挙げ、教科書通りのバブルだと指摘。「恐らく今にもはじけるところだ」と記した。仮想通貨ビットコインのバブルがはじけるのは時間の問題。ビットコインは本質的に無価値だからだと述べている。

投資とは自己責任であるが、ビットコインの内在的価値はゼロであるならば、これを投資と言えるのだろうか。ギャンブルと投資は根本的に異なるはずです。Googleが仮想通貨の広告を2018年6月から禁止する。

さて、私は最近、積み上がっていた本棚を整理した。私の本棚には3種類の本しかない。「投資関係」「パソコン関係」それと「心理学」の3種類です。少し整理して処分しようかと思ったが、今は役に立たない本でもなかなか思い入れがあって捨てられない。

投資初心者向けの書籍もあるので、これらは処分しても良いと思った。しかし、心理学の書籍は捨てられなかった。投資で苦しんでいたときの思い出がよみがえり、大いに癒されたこともあったので処分しきれないでいる。そろそろ断捨離の年代でもあるのだが・・・。

本の整理をしていたら分厚い懐かしい本が出てきた。それは「W、D、ギャン」の著作集であった。だいぶ昔に読んだ記憶はあったが内容は忘れていた。そこでペラペラとめくってみた。

ギャンは1878年にテキサスの綿花農家に生まれ、家業を継ぐことなく投資家となった。1929年のNY株式大暴落など数々の相場を体験し、1900年前半に活躍した伝説のトレーダーである。

著書にはギャンの投資理論にはいくつかの法則が書いてあった。それを一項目ずつ読み返してみた。そして、現在の自分の投資法と比較してみた。

法則の内容をいくつか紹介してみましょう。

① 投資金は一度に全部投資せず、小額から運用する。
② ストップロスオーダー(逆指値注文)を使い、損失は最小限に抑える。
③ 過剰取引はしない。資金配分を守る。
④ 含み益が出たら利益を減らさないように逆指値を上げていく。
⑤ トレンドには逆らわない。
⑥ 迷ったときは手仕舞い、ポジションを解消する。
⑦ 値動きがあり、売買が活発な銘柄(市場)で取引を行う。
⑧ リスクを避けるために、分散投資をする。
⑨ 指値注文ではなく、すべて成り行き注文で売買する。
⑩ 根拠のない理由で手仕舞いしない。
⑪ 買い乗せ(売り乗せ)のタイミングに注意する。
⑫ ナンピンはしない。ナンピンはトレーダーの最大の誤りである。
⑬ 小さな儲けと大きな損は避ける。(損小利大)
⑭ 建玉と同時に逆指値を行い、これをキャンセルしない。
⑮ 極端に頻繁な売買は避ける。
⑯ 買いだけでなく空売り(信用売り)も積極的に活用する。
⑰ 値ごろ感にとらわれない。安い(高い)という理由で買って(売って)はならない。
⑱ 明確な理由なしにポジションを変えてはいけない。
⑲ 相場の天井、底を闇雲に決め付けない。
⑳ 他人の助言を鵜呑みにしない。自分で研究し、自分のルールを持つ。

など。

大筋では私の投資に対する考え方と大差はなかった。また、当欄に解説している内容にも合致する。

特に「⑤トレンドには逆らわない」「⑨指値注文ではなく、すべて成り行き注文で売買する」「⑫ナンピンはしない」「⑬小さな儲けと大きな損は避ける。(損小利大)」「⑯買いだけでなく空売り(信用売り)も積極的に活用する」「⑳他人の助言を鵜呑みにしない。自分で研究し、自分のルールを持つ」などは当欄で何度も解説している内容である。

ギャンの投資手法に異論を唱える投資家もいるだろうが、投資の世界に長い間身をおいている私にも共感できる内容であり、投資家の皆さんにもぜひお勧めしたい項目も多い。ご参考までに。

相場の真実

投資家は常に理想と現実の狭間で悩んでいる。理想とは「このくらい儲けられればいいんだがなあ」との期待感です。現実とは、理想と現在の自分の成績のギャップにある。また、投資家には自分の考えは常に正しいというプライドがあるため、成果によっては、そのプライドが傷つけられることがあります。

このように投資家は常にジレンマと自己矛盾の中で格闘しています。これらの問題を解決する方法はないのだろうか。ジレンマと自己矛盾が続けばいずれ疲弊して市場から退場することになるだろうから・・・。

多くの投資家はこのような問題を抱えながら投資活動を行っているわけですが、これらの問題を原点に立ち返り考えてみる必要があるのではないでしょうか。

当欄の解説は、主に投資家の心理面や投資技術を主体として解説しています。心理面においては、私自身の長い投資経験から解説していますが、投資の苦悩や悩みは投資家であれば共通した内容であり、当たらずも遠からずといったところではないでしょうか。

また、投資技術面では、徹底的に膨大なシミュレーションを行った結果をベースにして、できるだけ主観を交えず解説しているつもりです。

そこで、今回は投資家のジレンマと自己矛盾を軽減するために、投資技術と投資家心理の両面から解説したいと思います。私は極論ではありますが常に「投資の常識は非常識」と述べています。これらについては私自身の主観的な考えではなく、検証の結果得られた数値に基づいて客観的に解説をしているだけです。

ある検証を試みました。日経平均を日足ベースで過去1991年1月4日から2018年3月9日まで約27年間の検証です。日足ベースでローソク足の陽線と陰線の数を比較してみました。この27年間の株価変動はW型となっており、検証データとしては適しているのではないかと思います。

さて結果ですが、結果は27年間で陽線の数は3241本、陰線の数は3436本であった。陽線の比率は全体の48.53%となった。ちなみにTOPIXにおいては48.75%であり日経平均と大差はなかった。また、個別銘柄(約4000銘柄)を検証しても同様の結果となった。これは何を意味するのだろうか。

この結果の意味するところは、つまり「上げ、下げの確率は50%前後に収斂する」ということではないだろうか。これがまさしく相場の現実であり、真実ではないだろうか。

この結果から考えと、相場の勝率は50%前後であると言えないだろうか。私が常々述べている「相場の勝率は50%前後に収斂する」ということは、これらの検証を経た結果を解説しているに過ぎないのです。

もしこれらを相場の真実とすれば、実践においても勝率は50%前後であることを基本として考えなければいけないのではないだろうか。真実を受け入れることは、時としてとても辛いことではあるのだが。

もし、分析システムを採用する場合「この分析システムの勝率は50%前後ですよ」と言われれば採用する人はいないだろう。もちろん相場の真実を知らない投資家なのだろうが・・・。

反対に「この分析システムの勝率は80%以上ですよ。絶対に儲かりますよ」と聞かされれば気持ちもグラッとするだろう。しかし、私に言わせれば「勝率80%以上」などは、最適化された「捏造」と言ってもよいくらいだ。

冒頭に述べましたように「理想と現実の狭間」は、このような原因により起こるもので、理想を追い求める気持ちは分かりますが、現実に優るものはないのです。理想を追いあらゆる投資手法を探し回っても桃源郷はないのです。現実から目を背けてはいけない。

現実的には、勝率50%前後をベースに投資手法の構築を行わなければなりません。しかしながら、勝率50%前後で実践に入ると、頭では理解しつつも体感的にはかなりきつい感じがします。

実際、私自身が運用しているシステムも、その勝率は50%前後でしかないのです。そのため、損切りが続けば理屈は分かっていても落ち込みます。これがまさしく現実なのです。これが相場の世界なのです。

投資家には、さらに辛い出来事があります。それは勝率50%前後の中に「損切り」が入ってくるのです。損切りなくして利益なしです。このように相場の世界は非常に厳しい世界であることを認識してスタートしなければなりません。

そこで、素朴な疑問が湧いてきます。それは「勝率50%前後では儲けが出ないじゃないか」という疑問です。まさにその通りです。勝率50%前後では利益は出ません。

しかし、ただひとつだけ勝率50%前後でも利益を生む方法があるのです。それは損切りすることです。損失を限定することです。相場に必勝法があるとすればこれだけです。他に必勝法は絶対ありません。私はあまり断定的な解説はしませんが、これだけは間違いないところです。真実です。

あるとすれば、たまたまや偶然でしかないのです。長い間投資活動を実践すれば偶然などは一過性のものです。「昔は儲けたこともあったのに・・・」とは、この類でしかないのです。かつてカリスマ投資家と言われた人たちもこの類なのです。

現実、真実から目を背けているから投資家の苦悩は続くのです。現実、真実と向き合うのは、時として辛く痛みを伴うこともあります。しかし、拒否すればいつまでも苦悩は続きます。これが現在の投資家の現状ではないでしょうか。

現実、真実はありのまま受け入れ、苦悩から開放されるべきです。

少数派

投資家は常に不安の中にいます。下げても不安、上げても不安になるから不思議です。そのような時、投資家はどのような行動をとるのでしょうか。頭を抱えてウツ状態になっている人もいるかも知れません。あるいは、その不安を解消しようとあらゆるメディアを検索し、その情報収集に必死になっている人もいるようです。

これらは不安から生ずる当然の無意識な行動であり、メンタル面での不安を解消するのには、ある程度の効果があると思われますが、根本的な解決には至らないような気がします。

しかし、情報化社会となった現在では、それらの情報が氾濫し、その真偽のほどを確かめるのも難しいものです。これらの情報は、受け取る側の状況や心理状態によって大きく変わってしまうものです。

あまりにも大きな損失を被り、パニック状態のところに「この銘柄で一発逆転」などの記事があれば、ついつい見入ってしまうのではないでしょうか。人間は、言葉で聞くより活字になった情報を信じる傾向が強いとも言われています。

ある記事に「大きく下がれば下がるほどチャンスは大きくなるので、株式市場が大きく下がったら目をつぶって買うという投資戦略を取るのが、相場の鉄則ということになる」とあった。このようなとんでもない記事には驚いた。名前を明記して書いていただきたいものです。無責任極まりない。

不安を解消するのに情報収集をすることは良いと思いますが、その際には、情報を受け取る側が常に客観的で冷静な状態でなければ正しい判断ができないと考えます。しかし、損失が増大して「客観的で冷静な」といわれても無理な話である。冷静でない不安な状況であるから情報収集に走るわけですから、ここに矛盾が生じてくるわけです。

矛盾は悪循環を引き起こすことになります。悪循環は、投資の世界においては損失を意味することになります。

一般的に問題を解決・決断する場合には、プラスの面とマイナスの面の両方から判断しなくてはなりません。株式投資の場合は、たとえば「ここは大底だから買いに入ろう」と判断した場合、情報収集も自分にプラスの情報を意識的に見るようになってしまいます。しかし、投資にはリスクもあるわけですから、万一、反対の展開になったら「このようにしよう」という対策も同時に取っておかなければなりません。

要するに、投資家は中立的な立場から市場を判断しなくてはならないということです。さらに言えば、できるだけ少数派の意見にも耳を傾けなければなりません。特に相場の世界の情報は、市場の動向に追従し、振り回されて極論に走る傾向があるため注意しなければなりません。

私は常に相場の世界から社会を見ています。すると、一般社会にも大きな矛盾があることが良く分かります。感じることは、現在の社会は情報化社会であり、その多くはマスメディアからの情報であり、これらのマスメディアの報道の仕方によっては、善悪は別としても社会を大きく変化させてしまうことにもなります。

たとえば、現在大きな社会問題となっているのは地球温暖化の問題です。誰しも環境問題に関心があり、二酸化炭素の削減に関心を持っています。また、個々では禁煙問題などがあります。

これらの問題についても少数ながら異なる意見があることをご存知でしょうか。二酸化炭素問題では「人類排出の二酸化炭素による温室効果より、太陽活動の変化など自然由来の原因の方が大きそうだ。IPCCは、人類排出の二酸化炭素が主因だと断定しているが、これは間違った結論だ」というものである。

また、禁煙問題では「最近は禁煙ブームで喫煙率は下がっているのに、肺がんが増加しているということはどのように説明するのか。」などである。いつの時代も少数派の意見は異端扱いされています。

以上のように、今騒がれている問題に対しても異なる意見もあるわけです。我々投資家においても、マスメディアなどの情報に振り回されることなく、自分で考えて、自分で体験して、自分なりの投資スタイルで挑みたいものです。

投資で成功している人は少ないのです。成功している人が少ないということは、成功者は少数派であることになります。一般に少数派は時に非難を浴びることもありますが、少数派が常に間違いである根拠はないのです。

投資成績が芳しくないときは、苦痛であり何かに頼りたくもなるものです。このようなときほど責任を取らないマスメディアの情報などを鵜呑みにすることなく、自分の今までの投資スタイルを検証し、原点に立ち戻り考え直してみることです。マスメディアの情報は「大多数」であることを認識すべきです。

投資の世界で利益を上げ続けられるということは、翻って、大きな損を経験し、それらを苦悩の末に乗り切った先にあるものです。最初から勝ち続けるような投資家は、結局どこかでやられてしまいます。しかも最初に負けた投資家よりも大きくやられることになるのです。負けることは決して嬉しいことではありませんが、負けることも時として必要であると思います。

自分の考えで判断することは、そこに成長があるということです。

投資での痛手

投資で失敗するともう投資関連のニュースも聞きたくない。特に最近の仮想通貨の混乱ではかなりの痛手を負った投資家も多かったのではないでしょうか。「仕事も手につかないし、もう立ち上がる元気もないよ。もうおしまいだー・・・」と嘆いていた友人がいる。

市場が大きく変動すると投資家は大なり小なり同じような状況ではなかったのではないでしょうか。そして、市場から去っていった投資家も少なくなかったかと思います。市場から退場したものの、残ったのは大きく評価損となった塩漬け銘柄のみだったのではないだろうか。

「相場はもうこりごりだ、相場は今後二度とやらない、大失敗だった」と退場していく。退場したら証券会社や投資アドバイザーからのメールマガジンも必要ない。株式投資に関するすべてをシャットアウトしてしまう。その気持ちはよく分かります。私自身も過去にこのような状況は何度も味わってきたので心情は理解できます。

長く相場を見てきた私としては、このようなことは周期的に起こるものであり、時代が変わっても市場への入場、退場など何も変わっていないと感じています。そう言う意味では、歴史は繰り返されるということなのだろうか。

面白いことに「株は今後二度とやらない」と断言した投資家ほど、相場が上昇してくるとムラムラして「もう一回だけチャレンジしてみようか」となる。相場が上昇したところで買いに入るため、また高値掴みとなる。これも昔と変わらない。

はたして株式投資での失敗は、本当の意味での失敗なのだろうか。投資の世界では常に失敗は付きまとうし、長年投資活動をしてきても損からは逃れられない。そこで、私なりに「投資での失敗」についての考えてみた。

以前にも解説しましたが、株式投資における初心者の売買は、赤ん坊がはいはい歩きから立って歩くまでと同じではないかと考えます。赤ん坊は立ち上がって歩けるようになるまで、何度もつまづき転んで柱に頭をぶつけて大泣きしながらそれでも懸命に立ち上がろうとします。

赤ん坊がよろめいたり、つまづいたりするからといって、誰もその子をしかりつけたりはしないでしょう。その動作一つ一つが歩くことを覚えるための必要な正常な過程なのです。

もし、立ち上がって歩けるようなったことを「成功」と呼ぶならば、歩き始めの段階で転んだりすることを「失敗」と呼ぶでしょうか。転んだり、つまずいたりすることは「成功」するためのプロセスに過ぎないのではないでしょうか。

何度もつまづき転んで痛い思いしたことは、潜在意識に格納されて、大人になっても「転ぶと痛い」という意識が無意識に働き、注意して歩くようになるのです。大人になっても転ぶときはあるでしょう。しかし、大怪我をしないように手でサポートするはずです。

このようなことから、投資での失敗は投資で成功するための訓練課程であり、ある意味では成長するために必要不可欠なプロセスと捉えることはできないでしょうか。何事も一朝一夕では成し遂げられないものですから・・・。

相場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言があります。これらとはちょっと意味合いは違うかもしれませんが「もうダメだは、まだまだである」と考えるべきです。「もうダメだ」という冷静な判断ができているうちは、まだ余裕がある証拠です。本当にダメな時は、思考能力が失われ放心状態になるはずですから・・・。

もし、被害を被った投資家であっても再度立ち上がる勇気、気力があれば今までの失敗の原因を調査したのちに果敢にチャレンジしていただきたい。長い期間投資活動を止めて、再活動をする時は、すべてゼロからのスタートとなります。ゼロからの再スタートはかなりのエネルギーを必要とします。

逃げては何も残りません。逃げてもまた元のところに戻るだけです。今逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要となります。何事にも逃げずに困難に立ち向かうべきです。相場は続けるものです。

時を待て

最近の株式市場の下落の理由として世界の中央銀行が金融政策を引き締めるとの見方が強まりつつあることが理由の一つだと米ニューヨーク連銀のダドリー総裁が述べた。「世界経済が非常に速いペースで成長しており、その結果として世界の金融当局が緩和策を解除し始めている、もしくは緩和解除の開始を検討しているという事実に市場が適応しつつあるのは明らかだ」と指摘した。よって、債券利回りは上昇し、そして利回り上昇に伴い株式市場への圧力が若干強まってきていると加えた。

株式市場の下落の指摘には非常に妥当な解説のように見受けられる。実際にその通りだろう。だが、なぜそれが今なのかを説明できる人はいない。仮想通貨の下落が要因であると言う人もいるが、実際のところは誰も分からない。

「良く当たる言われるエコノミスト」「大儲けしたと言われる投資家」「大儲け必勝法」などには多くのファン(信者)が集まる。ところが、これらを統計的な手法で検証すると、過去においてパフォーマンスが良かったものの、次の期間も続けてパフォーマンスが良いという検証データはない。これらはほとんど偶然に過ぎない。

市場変動はファンダメンタルズにあると言われているが、理論的にはその通りであろう。しかし、我々の扱う短期売買ではその理論も薄れてくる。短期売買での分析では需給関係や投資家の心理状態が大きく作用してくるのです。

株式市場は、短期的には市場参加者の楽観度合いと悲観度合いの変化を心理的に表したものであり、投資に心理的要素を無視する投資家は、最終的に敗者になってしまうだろう。

株式投資には「絶対」ということは無く、常に試行錯誤の中で売買を行なっている。不安の中での売買は、雑多な情報に振り回されることも多い。投資の世界は、孤独なビジネスの世界であり、何かを心のよりどころにしたくもなるものです。

投資の世界では、市場の分析以前に投資家自身の分析を行わなければいけない。知識や経験の度合いを理解しておかなければならない。また、間違いを犯すことことを恐れず、その間違いの原因を追究し理解することに意義がある。株式投資は、この間違いの是正の積み上げにより上達するのだが・・・。

結果的にはその通りだろうが、欲の絡んだ世界で孤独な売買を続けていると、知らないうちに考え方が曲がってしまう。人間である以上、失敗は繰り返される。悲しいかな、これは私自身にも言える。同じような失敗を何度も繰り返す。

私はこのような時に思い出す言葉がある。「負けの原因の多くは自滅である」。実際にはその通りであろう。特に相場においては・・・。誰しも理屈は分かっているができないのも人間の本性でもある。

また、「成功者とは多くの失敗を繰り返した者である。ただ、それをあきらめなかった者である。」とも言われている。しかし、理屈は分かっているが実践できない。投資を行う者は、常にこのようなジレンマに陥る。

このような場合、投資家はどのような対応をすべきだろうか。そのような時は、少し現場から離れて、それらに関係のないところに身をおくべきだろう。負け続ければ平常心も失うだろうから、少し冷却期間を置いて平常心を取り戻そうというものです。

私の語録に「時に、何もしないという選択肢もある。無理にあせって答えを出すことはない。時間を与えよ。」「悩んで、焦って結論を出すな。時が正しい答えを出す。焦れば必ず判断を間違える。時を待て。」とある。

また、物事がうまくいかないときには「失敗とは、あなたの行く道は、そちらではありませんよという暗示である。」と受け止めるているが、人間とは愚かなもので、長い人生を歩んできても同じ間違いを何度でも犯すもの。

今回の相場下落で頭を痛めている投資家もいることでしょう。そのような投資家に送る言葉。「人生とはぶっつけ本番、失敗するのは当たり前、くよくよせず立ち上がろう。」

自戒の念を込めて。

インタビューを受けて

先日、私が林投資研究所の林知之氏(林輝太郎氏のご子息)のインタビューに答えた記事が書籍として出版されました。タイトルは「億トレⅢ」でマイルストーン社、定価(本体2500円+税)。個人トレーダー10名の共著ですが、私の経歴や現在の売買状況などが掲載されています。

その一部をご紹介します。『』内は林氏の質問および感想です。

■林氏『先日、拝見した先物のシステムも、同じような緻密なポジションの取り方でしたね?』

株価指数の先物をトレードする場合、指数そのものの動きを見るのではなく、その指数を構成する個別銘柄すべての動きをチェックする必要がある、というのが私の考え方です。ロジックそのものは単純でいいのですが、ポジション操作を丁寧にすることが重要だと考えています。」
■林氏『するとポジションが0~100の間で非常に細かく動くと言うことですね』

どちらかがゼロになることはありませんが、売り買いの一方が90を超えるケースはあります。たとえばリーマンショックの時は売りが極端に多くなり、結果として大きくとることができました。多くの人は「損切り」とか「利食い」という観点を意識しすぎるかもしれませんね。「値動きに応じたポジション操作があるだけ」という考え方でいいのではないでしょうか。でも私のシステムは順張りなので、保合の相場に弱いのが欠点です。
■林氏『常に順張りですか?』

はい、そうです。手仕舞いとかドテンを前提にシステムで臨むと、必然的に順張りになると考えています。
■林氏『それには同意します。売り値が買い値より高くなければ利益になりませんが、「安く買って高く売る」では正しいポジションの取り方に結びつかないと思います。強い銘柄を、高くてもいいから買い、さらに高値で売る、ということですよね?』

それでは、まだ、弱いと思いますね。高く買って、さらに高値で買い乗せるんですよ。価格の推移とポジションの増加を、単純に図式で考えて見ましょう。「100円ごとに買い下がる」ルールだと、下がっていく中でポジションが膨らんでいき、どの時点でも評価損です。しかし「100円ごとに買い上がる」ルールならば、上がっていく相場に対してポジションを増やしながらも、評価益の状態が維持されます。私は、こういう考え方を基礎にして、現実の安全性を盛り込んだポジションの取り方を規定しているのです。狙い所にもよるのかもしれませんが、株の場合はこの考え方で正しいと思っています。評価損は多大なストレスを生みますが、評価益はハッピーな気分にしてくれますしね。
■林氏『なるほど、とても納得できますね。予測の的中率に限界がある以上、メンタル面は非常に重要です。』

私が「相場に向いていない」と感じるのは、感情をコントロールする能力が足りないという意味です。トレードのキモは、先見の明や分析力ではないし、情報収集力でもありません。ちまたの使いものにならないような指標は論外として、テクニカル分野においても、自分の感情をどうコントロールするかがカギになります。「トレードは、歓喜と絶望とストレス」という説明がありますが、まったくその通りだと思いますね。
■林氏『システムは、ストレスを軽減してくれますか?』

もちろんです。ストレスの問題を解決できず、トレードをやめようと何度も考えたのですが、「これしかない」という気持ちを続けながら、パソコンを使ってトレードシステムを確立することがストレスの軽減につながると気づいたのです。
■林氏のまとめ
『照沼氏は、最初から純粋な個人トレーダーとして研究を重ねてきたうえに、トレードシステム構築のために理論立てて考えてきた経験があるから、借りものではない言葉を発する、重みのある言葉で話す、というのが私の印象だ。やさしく穏やかな表情の中心にある2つの目には、嫌みのない輝きがある。比較するのも失礼だが、中途半端に金融の現場を経験した者たちの警戒心あふれる目つきとはまったく違う。このように立場や経験の異なる実践家との相場談義は、自分のことを再確認する最高の機会である。そして、照沼氏は、これからも長くおつき合いしたいと心から思える、魅力的な人物だ。』

収益の源泉

仮想通貨取引のコインチェック社で、顧客の預かり資産を引き出されるというニュースがあった。投資の世界では何があってもおかしくない。いつしか自分を見失い、暴走し破綻してしまうことのないようにしたいものです。特に需給関係のみで変動する理論のない取引には要注意です。

しかし、理論があるからと言って儲かるものでもありませんが「原因なくして結果なし」です。私たちの立場から考える投資(特に株式投資)とは、実体経済の二次的な要素であり、理論的には、その収益を実体経済以上に求めることはできないということです。理にかなわないものは、いずれ崩壊してしまうということになります。

一般に、株式投資は、今後成長が有望視される企業に株主として参加するわけです。投資した企業の利益の中から配当などを得て、さらにはキャピタルゲインによる収益の可能性が発生してきます。これらを含めて投資家の収益となるわけです。

反論もあると思いますが、私は「長期的な視点から捉えた場合、株式投資における投資利回りは、投資した企業の利益率を上回ることはない」と考えています。もちろん、一時的にキャピタルゲインなどで、投資した企業の利益率を上回ることもあると思いますが、長期的に見れば、それらを上回ることはないと考えています。

ですから、株式投資を長期的な視点で考えれば、企業の利益率より大きく上回り何倍もの収益を上げることはできない。なぜなら、投資投資は、実体経済である企業収益が主であり、我々投資家は従の関係にあり、投資家の収益の源泉は企業収益からとなるからです。長期的視点では、主従関係が逆転することはないと考えます。

このように、長期の視点で判断すれば、一時的な大儲けは間違い(偶然)であると言えるのではないでしょうか。このような考えに基づけば、一時的に大儲けした手法で継続運用すれば、その手法は間違(偶然)っているわけですから、いずれ同等、あるいはそれ以上のマイナスをもたらす結果になります。この点を十分理解してください。

欲張って、企業業績を上回る利益率を求めるため、大きなレバレッジをかけて収益を上げようと試みるも、最終的には、金融危機のように「信用バブル」を引き起こす結果になりかねません。注意が必要です。

以上のように、本来あるべき投資収益は投資家が思っているより大きくはないことを自覚しておかなければなりません。誰でも大儲けしたいと思うのはやまやまですが、たとえ大儲けできたとしても、それは偶然であり、その思考や手法が間違っていたと割り切って考えるべきです。

投資を客観的に、しかも冷静に考えればその通りなのですが、つい利益追求のみに走りそこに何かを忘れているような気もします。投資家の収益の源泉は何であるかを忘れてはなりません。