ジョーク集

投資をしている人の集まりでは話が途切れない。これ幸いにと他人の話に耳を傾けずに持論をひとりで喋りまくる。私が思うに、相当ストレスがたまっているのだろう。しゃべりまくってガス抜きをしているのだろうと想像できる。

確かに投資活動は誰とも話をすることなく、黙々と数字とにらめっこしているだけなのでストレスもたまる。ましてや損が続けばストレスも倍増するだろう。おしゃべりをすれば、問題解決とならずもストレス解消になることは医学的にも証明されている。昔は寡黙な男と言われていた私も最近はおしゃべりになったような気がするが・・・。

おしゃべりも良いが、笑うこともストレス解消になる。いつも当欄では説教じみた解説や暗い話題が多いので、今回は内容を変えて、私の作ったジョーク集をご披露したいと思います。大いに笑ってください。
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「還暦にもなると何とか金をためて、老後の生活を楽にしようなどとあれこれ考える。すると、楽ができるように、すぐに墓場につれて行かれてしまう」
・・・私は何人も知っています

「もし、自分の上司がバカだと思っているあなた、その上司が賢かったら自分の仕事がなかったと思いなさい」
・・・いつもブツブツ言っている、そこの君!。

「酒、タバコは人間にとって最悪の敵かもしれない。しかし、聖書には『汝の敵を愛せよ』と書いてあるじゃないか」
・・・そうなんだよ、分かったかね、みんな。

「お出かけに、昔の洋服を着てみた妻が『ちょっと古かったかしら』と言う。私は『お前も古いんだからよく似合っているよ』と言ってやった」
・・・ふふふ、お似合いだよ。

「妻が私に尋ねた。『私のどこが一番好き?、私の若々しいところ?、それとも私のセクシーなところ?』。私は天を仰ぎながら、こう答えた。『好きなのは君のそのジョークのセンスだよ』と。
・・・己を知らないってハッピーだよな。

「私の友人は恋愛結婚であった。結婚当初は『もう、君を離さない』などと、たわごとを言っていたが、今では『もう、君とは話さない』と真剣に言っていた」
・・・だから言わんこっちゃないんだ。

「夫婦で風邪を引いてしまった。『熱は下がったのに咳が抜けないなぁ』。なぜだろう?。『熱が冷めたのに籍が抜けないからだ』と思った」
・・・だよね。もう冷めちゃっているのに。

「いつも仲の良い夫婦なのに、お金の問題になるとなぜか他人になってしまう」
・・・女って、やっぱお金にはシビアだよなぁ~。金、金、オーヤダ。

「いつも仲の良い夫婦なのに、たまに喧嘩をすると妻の記憶力には驚かされる」
・・・女って、いやなことは良く覚えているが、昔の楽しかった記憶は消えてしまうらしいよ。知らなかった?。ほんとに知らなかった?。ほんとに?。

「年老いた父が病院に行った。先生に『左ひざが痛いんですよ』と。診察の結果、先生は『年のせいですね』と言った。すると父は『右ひざも同じ年なのに、おかしいじゃないの』と。
・・・そろそろ親父も○○症か?。

「私が、90歳になるお年寄りに『お元気だから百歳までは生きられますね』と言ったら、『年は百歳までしかないのか』と怒られてしまった」
・・・タバコを吸っていても長生きするんだよなぁ。喫煙は長寿の秘訣か?。

「もてない友人に『おまえ、人間は顔じゃないぞ』 と言うところを、間違って『おまえの顔は人間じゃないぞ』と言ってしまった」
・・・ごめん、ごめん。

「40歳過ぎの女性に『独身主義ですか』と尋ねたら、『私は資本主義です』という答えが返ってきた」
・・・やっぱ、お金なんだよなぁ。

「私が隠しておいた預金通帳を妻が見つけたようだ。その日から妻の態度が変わった。残高が期待を裏切ったようだ」
・・・愛はどこへ行ってしまったの?。

「『三越』で買ったブランドの洋服も、私が着るとなぜか『しまむらブランド』になってしまう。
・・・どうしてなんだろう?。

「私は目にごみが入って治療費に5千円も支払ったが、妻は高級な洋服が目に入って5万円も支払った」
・・・5万円もだよ。まったく。

「良い妻の定義。夫が秘密にしたいことを知らぬふりをする妻を『良い妻』という。
・・・まったくそのとおりだよ。

「自由にさせておくと、良い妻でもダメになる」
・・・マジ、ホントだな。

「和服を着て鏡の前に立った妻が『まだいける』とつぶやいた。鏡に映った髪に、私は『もうダメだ』とつぶやいた。
・・・クゥー、鏡は嫌いだ。

「髪が薄くなった私に妻が言った。『髪がなくなっても愛情には変わりがないからね』と。そこで私は妻に質問した。『もし、私にお金がなくなったら』と。すると妻は・・・。返事がなかった。
・・・やっぱりだったな。

自慢屋の女が得意げに言った。『私のお母さんは、とっても美人なのよ!』と。
・・・だったら君はお父さん似だね。

「隣の奥さんが大きな犬と遊んでいた。私は『怖くはないかね?』と聞いた。その奥さんは『何言ってるの、かわいい犬じゃないの!』と返事」
・・・私は犬に聞いているんだけど。

「マラソンのオリンピック金メダリストの名言がある。『走った距離は裏切らない』と。私はこの言葉に感銘を受け、飲み屋に行ったときは、いつも『通った回数は裏切らない』と固く信じている。
・・・しかし、いつも残念な結果だよなぁ。

先生『毎月定額料払えば使い放題なものはなーんだ?』。たかし君『正社員』。
・・・すばらしい。正解だよ、たかし君。

「私はあまり肥満がひどいので病院に行った。診察の結果、『あなたはパンパース体形ですね』と医者に言われた。食べたものは漏れなく全部吸収してしまう体形らしい」
・・・えええー、パンパースって紙おむつのことじゃねーの。

バブル期に学んだこと

書店の友人が書籍を送ってきた。その友人からは、いろいろな書籍を頂くが、今回は週刊東洋経済の「最後の証言・バブル全史」であった。バブルを経験したことのない若い人には読んでもピンとこないかも知れないが、バブル期を経験した私にとっては、バブル期はまさに狂った状態であったように回顧する。

私はバブル期に自分の不動産の市場価格を調べてみた。すると想像も絶するような価格であった。当時、私がこの不動産をその価格で取得しても、そこから収益が生まれないと思った。まさにそのような状態であった。

そこで私は即座に売りに出した。結果的にバブルの絶頂期に売ったことになる。当時は株式投資も行っていたが、不動産売却の利益は株式投資の何十倍にもなった。株式投資より不動産売買のほうが自分に合っているのではないかと勘違いした時期でもあった。

振り返ってみると、バブル期はやはり異常としか思えない。当然ながら証券業界もバブルに酔いしれていた。仕手集団が跋扈し株価も異常につり上がった。不動産においても乱脈融資、反社会的な勢力への融資などがまかり通ってバブルを形成していった。

後で考えることではあるが、そのような状態が続くわけもなく、結局はバブル崩壊となるのであった。しかし、初めてバブルを経験した人にとっては「世の中とはこういうものだ」と思い込んでいる節があったようだ。

「夏草や兵どもが夢の跡」とあるように、バブル崩壊後は失われた10年、あるいは20年と言われた。山一證券や北海道拓殖銀行などが倒産した。

企業経営や株式投資でも同様であるが、人は追い風を自分の実力と錯覚する傾向がある。自分の実力ではないところのパワーはバブルであることに気づかない。この勘違いがバブルを生み出す原因ではないかと考えます。

物事にはすべて「慣性の法則」が働く。慣性の法則とは「止まっている物体に、力を加えなければ、そのまま止まり続ける。動き続けている物体に、力を加えなければ、そのまま動き続ける」。つまり、景気が上昇し始めると、そのまま上昇を続けるというもの。

慣性の法則の「力を加えなければ、そのまま動き続ける」のではあるが、実際にはそこに空気抵抗が発生し、その摩擦で物体はいつしか止まることになる。理論上は「そのまま動き続ける」のではあるが地球上ではそうはいかない。

経済においても同様である。バブルは際限なく続くのではなく、どこかで必ず止まる。そのどこかでの見極めが難しい。最後にババを掴まないようにしなければ・・。
私がバブル期に学んだこと。

『追い風を自分の実力と錯覚するな。追い風はいつか逆風となる』

『欲が絡めば見えるものも見えなくなる。入れ込みすぎは盲目となる。利得を前にしては道義を思え』

『慢心は山の頂き。慢心は下り坂の始まり。慢心は後になってから気づく。驕れる者久しからず』

『楽をして手に入れた金は、人の目をくらまし最後には身を滅ぼす。自分で汗した金以外は身に付かない。浮利を追うな。もらった金は借金より高くつく』

『大衆に迎合するなかれ。行列には並ぶなかれ。何も考えずに行動する群衆となるなかれ』

『自分の「器」以上の金は動かせない。「器」以上の金を動かせば、いずれ自分の金とともに没収されてしまう』

『商機とは時代背景を読むことなり。時代背景に逆行し努力しても労多くして功少なし。ただ、時代の変化は早い』

『お金で満足は買えるが、幸福と知性と品性は買えない。お金の稼ぎ方より、お金の使い方に人格がでる』

『お金は後から付いてくる。金を追うな。お金は行動の産物である。目先の利にとらわれるな』

『ブームはバブル。信念なき者は付和雷同する』

『求める行為は不安を呼び、与える行為は安らぎを呼ぶ。一生を終えてのちに残るのは、我々が集めたものではなくて、我々が与えたものである』

『理にかなわぬところの成功、追い風による成功、悪事による成功は長続きせず、いずれ窮地に追い込まれ、そして報いを受ける。「天網恢恢疎(てんもうかいか いそ)にして漏らさず」』

現在の決断がベスト

日経平均は2万円前後で推移している。世界経済が成長を続ける中で、日本も輸出が伸び、設備の稼働率が上がってきている。設備投資も増えてきており、企業経営者のマインドも悪くないようだ。

さて、現在は買い方有利の相場展開ではありますが、皆さんの投資成果はいかがでしょうか。損切りしないで持続していればもっと成績が良かったのにと悔やんでいる投資家もいるかもしれませんが、それは現在の相場を見ての結果でしかないのです。以前の損切りは、その時点の判断であり、間違いではなかったことを理解すべきです。

投資家は「損切りしなければ良かった」という不都合な状況をいつまでも引きずります。再び同じような損切り場面で、以前の苦い経験から「今度は損切りせず持続しよう」などと考え持続することになります。しかし、結果は逆の状態に・・・。よくあることです。

成功体験でも失敗体験でも同様な結果が見られます。これは「人間は記憶の中に生きている」という証なのです。記憶は体験として積み上がっていきます。相場の世界では、一般社会での体験よりきわめて明確に現れてきます。

要は、決断すべき時は、その答えを記憶や体験の中から導き出すことになります。しかし、その決断を記憶や体験の中から導き出しても常に正しいとは限りません。損切りか持続かの決断を迫られた場合、もし、自己ルールが明確であり、それらに従うのであれば、このような判断は必要なくなります。しかし、そのルールに従って決断しても結果が良くなければ、やはり悔やむことになります。

このような状況に追い込まれた場合には、決断後の気持ちの整理が必要となってきます。私の場合はシステム売買であるため、すべてルールどおりに決断しています。しかしながら、負けが続いたときなどは「やはり持続だったかなあ」などと思うことはあります。

人生では、投資に限らず決断をすべきことは結構多いものです。その決断が間違って、後で後悔することもしばしば。このような時、私は常に「現在の決断がベスト」と自分に言い聞かせるようにしています。

先のことは誰も分からないのです。そのため、現在の状況であらゆる情報、記憶、体験からベストの判断をしているのですから「現在の決断がベスト」となるわけです。現在の判断がベストであるため、現時点では他には選択肢はないわけです。

よって、現在の決断がベストとなるわけですが、この時点でもうひとつ重要な点があり、この点を欠いては、現在の決断がベストとはなりません。それは・・・。

私の語録に「決断する前に自分の鼓動に聞いてみろ。興奮状態で結論を出すな。決断は常に平常心で行うべし」とあります。また「緊張は能力を封じ込めてしまう。緊張は本来の健全な姿を歪めてしまう」「焦りと緊張は多くの失敗を招く」とあります。

つまり、決断時に自分の心が平常であるか否かを見極めてから決断しなさいということです。特に投資での決断は追い込まれた状態で決断する場合が多くありますので、この点は最も重要となってきます。

もし、決断時に自分の心が興奮状態であったりする場合は決断を避けるべきです。決断には「何もしない」という決断もあるのです。

北朝鮮と暴走族

我々投資家の目指すところはキャピタルゲインであり、そのキャピタルゲインは株価の変動によってもたらされるものです。では、その株価変動はどのように起こるのか。当然ながら景気や企業業績の動向などにより変動するわけですが、特に短期売買を目指す投資家にとっては、需給関係を引き起こす内部要因、つまり出来高や信用残高などは見逃すことはできません。

さらには突発的な出来事や事件などのニュースでも株価は変動します。目先筋や材料で売買する投資家は、最新のニュースを魚の目鷹の目で探しています。しかし、何らかの早耳ニュースを聞いたとしても、そのニュースのインパクトが持ち株にどの程度の影響があるか分からない。

トランプ大統領当選のニュースをいち早く分かって、売りをかけて成功したと思われたが、翌日には全値戻しとなって糠喜びとなった。かの有名なジョージ・ソロス氏もやはりトランプ大統領当選で大量に売りをかけたようです。しかし、「そんなはずはない」と、今でも売りを持続して大きな含み損を抱えていると聞く。

ジョージ・ソロスだってうまく行かないこともあるのです。我々個人投資家だって当然ながら損が続くこともあるのです。裁量や思惑で売買することは決して悪いことではありません。ただ、思惑が外れたら早々に撤退するべきです。負けを認める勇気も必要です。

私はシステムトレードであるため、裁量や思惑での売買はいたしません。しかし、人間である以上、やはり大きなニュースなど飛び込んでくれば気になるものです。

最近までの気になるニュースは、やはり北朝鮮のミサイル発射でしょうか。日本は地理的に北朝鮮と近いため、一度に大量のミサイルを打ち込まれたら防御できないと思います。一抹の不安を感じるところです。

メディアでは専門家やジャーナリストが、これらの問題をあれこれ解説しているようです。私は専門家ではないので詳しくは分かりませんが、この問題を私の視点から見てみると・・・。

私は現在の北朝鮮は暴走族のようなものだと考えています。暴走族は徒党を組んで信号無視をしながら暴走します。一般社会からは嫌われ者の存在です。暴走族の特徴としてエンジンを空吹かしをして虚勢を張ります。

しかし、このエンジンを空吹かしは、日ごろ嫌われている暴走族の自己主張のように聞こえます。普段は誰にも相手にされない寂しさから、暴走して「俺はここに居るんだ、みんな振り向いてくれ」と叫んでいるように思えます。

若者が暴走する要因は、自分の存在意義と自信を失うことによって軌道を逸脱していくのです。よって、エンジンを空吹かしは、自分の存在を認めてもおうと主張しているよう聞こえます。

同様に北朝鮮も国際ルールを無視し、国際社会から嫌われています。そのため、暴走族のエンジンの空吹かしと同じようにミサイルを打ち上げて「我々はここに居るんだ、みんな振り向いてくれ」と、存在を認めてもらおうと主張しているように感じます。

話が脱線してしまいましたが、投資の世界は対戦相手も見えず孤独なビジネスです。特に負けが多くなってくると投資家としての自信を失って、自分の存在意義すら分からなくなってしまうことがあります。

そうならないために何をすべきか。それは当欄で何度も解説してますので、今更述べることはないと思いますが、投資の世界は投資家の人生をも変えてしまうような危険もはらんでいます。よって、今、何をすべきか、何をしないべきかを考え、軌道を逸脱し暴走しないようにしたいものですね。

ロスカットは必須

投資市場は長期的な視点ではファンダメンタルズをベースに変動するわけですが、目先的にはニュースや材料などで振り回され変動しやすい。

短期投資家にとっては目先的な突発ニューなどに成績が左右される。私も今回の変動で損切りを余儀なくされた。思い起こせば、トランプ大統領のまさかの当選の時も株式市場は大きく乱高下した。私はその時も損切りした。私とトランプ大統領は相性が悪いらしい。

先物取引には日中取引と夜間取引がある。日中取引は、ほぼ現物市場と相関する変動となっています。しかし、先物の夜間取引は米国の市場の変動に大きく影響されています。そのため、米国市場で何らかの大きな変動があれば日本の先物市場も影響されてしまう。

よって、夜間取引で大きな変動があれば、翌日の東京市場の寄り付きは飛んで窓空けして始まる。もし、今日の株式市場の寄り付きは高いか安いかを判断するなら、先物の夜間取引の終値を見るとよい。夜間取引の終了時間は翌朝の5時30分です。

インターネットの発達により、現在では世界中の情報がリアルタイムで発信され、さらにそれらの情報に投資市場は敏感に反応する。「さて、今日の投資成績はいかがかな」とパソコンを開いて見たら「持ち株ゼロ」になっていた。このようなことはありませんでしたか。

これはどうしたことかと確かめると、知らぬ間に相場が急変しロスカット水準を通過し損切りとなっていた。短期売買ではこのようなことは頻繁に起こる。しかし、ロスカットなしではリスクが高すぎます。

ロスカットの水準を設けて損切りとなるが、もし、ロスカットを入れておかなかった場合、その後の経過はいかがだったろうか。その後の経過を追って見ると「損切りしなかったほうが良かった」というケースが非常に多い。

私自身の売買でも同様です。であるならば、当然ながらロスカットなど入れなければ良いのではないかという考えも湧いてくる。

以前も解説しましたが、ロスカットは海から押し寄せる波と同じようなものであると説明しました。波は100回に一回は大きな波となって押し寄せてきます。さらに1000回に一回は大波となって釣り人を飲み込んでしまいます。

このように、100回に一回ぐらいの波ならロスカットしなくても何とか売買を継続していけます。そこでロスカットなどしないほうが効率的だなどと考えていると、突然1000回に一回の大波が押し寄せてきます。

たしかに、ロスカットしないで持続していれば良かったというケースは多いのですが、投資市場に参加している短期売買投資家であればロスカットは必須ではないでしょうか。もし、これが先物市場で1000回に一回の大波に遭遇したら即「破産」です。

売買手法について

投資家が市場に参入する場合、ある程度どのような売買手法で運用していくかを決めて参入するものです。これが投資手法というものです。投資手法は投資家の数ほどあると言われていますが、どのような手法であっても最終的に収益が上がれば良いわけです。

投資手法を採用するにあたり事前にある程度の模擬売買をします。しかし、模擬売買では完璧であったものが実践してみるとまったく逆の結果になってしまったという経験はなかったでしょうか。

何故そのようになってしまうか考えてみましょう。長期的視点から見れば模擬売買の結果より実戦での結果が下回るのが一般的です。しかし、ことごとく逆になってしまうということは、その手法の利用方法自体が間違っていると言えます。

もっともポピュラーな分析指標に移動平均線があります。通常は、株価がその移動平均の上にあるか下にあるか、また、現在の株価と移動平均線の乖離などを見て上げすぎているとか下げすぎているとか判断します。

この移動平均線に対する乖離率を採用したテクニカル分析手法に、ボリンジャーバンドがあります。これらは標準偏差を利用して分析するのですが、大きく下に乖離したシグマ2で買い付けする、大きく上に乖離したシグマ2で売るなどと判断します。

過去の株価をボリンジャーバンドで売買シミュレーションするとうまく儲かる。これはいいと実戦に入るが結果は惨憺たるものとなる。買いの水準をシグマ2以上にすればよいのだろうかなどと悩む。

たとえば、乖離率を大きくして成功率を上げようとします。すると成功する確率は高くなりますが、反対にそのチャンスは少なくなります。変動の小さい相場では、一年間待ったが一度も仕掛けのチャンスがなかったなどとなります。

待ちに待ったチャンス到来と仕掛けに入ったものの、その時はなんと○○ショックの暴落の時であったなどとなる。なかなかうまく行かないものです。

「自分はボリンジャーバンドを利用して儲けているよ」という話も聞く。結果的に儲かればそれはそれで良いのだが、よく聞いてみると上昇相場でシグマ2以下での買いだと言う。たしかに「上昇相場」という前提なら効率的な売買ができよう。

しかし、下降相場であったならいかがだろうか。同じような成績を収められたかどうか。もし、買いのみであったとすれば、上昇相場であればボリンジャーバンドを利用しなくても他のどのような手法でも儲かるのではないだろうか。

要は、相場のトレンド判定が可能であれば投資手法などどのようなものでも収益を上げることはできる。この点を十分に理解すべきである。たとえ、この投資手法で儲かったとしても相場のトレンド判定なしでの収益は「たまたま、偶然に」の範疇ではなかろうか。

私は常々、相場で収益を上げるには「相場観測」「売買手法」「売買テクニック」であると述べています。このうち「相場観測」による収益ウェイトは85%であると言い続けています。極端な言い方をすれば「相場観測」なしでのテクニカル分析は無効であるとも言えます。

投資家は常に目先の売買手法の良し悪しに走りがちですが、相場で勝ち続けるにはやはり「相場観測」が不可欠となります。トレンドに追従すれば最終的に勝ち組に入ることができます。

「相場観測が重要なことは分かったが、どのようにすればよいのか分からない」と言った声も聞こえてきますが、何も難しく考えることはありません。高度な相場観測分析もありますが、超簡単な方法としては、現在の日経平均が移動平均線(何日線を利用するかは投資家の投資スタンスにより決定)の上にあれば上昇トレンド、下にあれば下降トレンドにするなど簡単な方法があります。

投資では主観的、感情的にならず、ある一定の指標の元に売買の判定を下すことが肝心かと思います。

チャレンジこそ我人生

ほとんどの投資家が体験していると思いますが、初心者のころ市場に参入するに当たり夢を抱き、ワクワクとした気持ちで売買を始めたのではないでしょうか。当然ながら投資にはリスクがあるのは理解していました。

そのリスクも「10%損切りで対処すればいいんだ」などと考え参入します。しかし、その期待が裏切られることに時間はかかりません。当初考えていた10%損切りもできずじまい。これらは私を含めて投資初心者が通ってきた道です。こんなはずではなかったと苦悩します。

苦悩しながらも、ある投資家は再度チャレンジしようと考えます。また、ある投資家は志半ばで健闘むなしく退場していきます。退場すれば、その間に培った経験はすべて悪夢となって記憶に残ります。これで良いのだろうか・・・。

日本人は何でも減点方式で考えます。すべてうまくやるのが前提で、うまくいかないことをそこからマイナスします。何かミスをしたりペナルティを課せられるという考え方をします。相場で躓くと当初の夢を抱いた100点から減点していきます。

なぜ日本人は減点主義なのでしょうか。これは日本の教育にあるのではないだろうか。学校のテストは上限が100点と定められていることにすべてが現れています。よって100点以上の点数は取れません。もし、加点方式で良いところだけを評価し、積み上げていくのであれば100点という考え方すらなくなります。

仕事でも同じです。ミスをすると減点されます。良い成果を出してもなかなか認められないのにミスをするとすぐに評価が落ちてしまいます。

このような方式ではチャレンジしたことは評価されず、ミスだけが評価対象になってしまうのです。チャレンジしてミスするなら何もせずに現状維持でよいのではないかという考えも発生してきます。

子どもの時からミスを咎められ減点されるという考え方にどっぷり浸っています。そんな環境を与えられた時、合理的な人間であれば、それなら何もしないのがベストだと考えるでしょう。そして、あえて行動しないという選択肢をとるのです。それが一番合理的だからです。

減点を恐れると、チャレンジすることで得られるプラスの側面ではなく、失敗して失うマイナス面ばかりに目が行きます。何も失わないように、静かに生きるようになるのです。そして、何のへんてつもない人生に行きつくのです。

「チャレンジすれば失敗するかも知れない。しかし、チャレンジしなければ何も得られない」という諺があります。さらに、晩年になり一番後悔することは「チャレンジしなかったこと」という話もあります。

チャレンジは闇雲にするのではなく、それなりの準備をして行動すべきです。それでも失敗することがあります。しかし、その失敗は成功以上の価値があります。失敗は体験を通して人間を大きくしていくのです。

チャンレンジしようとして怖くなったら、自分が減点思考に陥っていることを思い出してください。そして、動かないことはゼロであるという事実を思い出してください。人生を変えようと思うのならチャレンジ以外ありません。

相場心得

相場では勝つこともあるが負けることもある。投資手法は投資家の数ほどある。しかし、相場には絶対はない。これが正しいという正解もない。これらを踏まえて、相場には常に謙虚に向き合うべきである。

投資初心者がたまたま時流に乗り儲けると有頂天になる。相場なんか簡単だと慢心する。相場は長く続けるもの。たまたまの偶然を自分の実力と錯覚したときがピークとなる。慢心は山の頂き。そして慢心は下り坂の始まり。

相場は継続して売買することによって収益を上げることができる。継続は力なり。長い間の売買では山あり谷あり、さらに想像を絶するようなサプライズが必ずある。好調時も不調時にも常に「万が一」のための対策を取っておかなければならない。

相場の勉強をしたからといって勝てるわけではない。経済学を勉強したからといって儲かるわけではない。常識があるからといって勝てるわけでもない。勝つためには実戦を通して体験していくしかない。

理屈は誰でも知っている。分かっているが実践ができない。実践ができない理由は欲が原因である。実践できないことは欲の深さに比例する。欲は感情を揺さぶる。相場に感情を出せば必ず負ける。

相場における勝者は2~3%。相場は継続して売買してこそ収益を上げることができるが、継続して行くと勝者は2~3%となる。嘘のような話であるが現実である。投資家のほとんどは相場に夢を抱いて参入してくるが、現実は非常に厳しい世界である。勝者は夢をみない、勝者は常に孤独である。

今後の相場を見通して投資をする。投資とは将来に対する行為である。しかし、先のことは誰にも分からない。だからリスクを承知で投資をする。リスクとリターンはシーソーのようなものである。不透明な将来に投資するには、いかにリターンを得るかではなく、いかにリスクを抑えるかである。

投資活動に入ると精神状態が不安定になる。それは不安からくるものである。不安とは、先のことを考え過ぎたり、物事の成否を考え過ぎたりすることにより、限界意識が先にたち起こるものである。あまり先のことを考え過ぎるな。大事なのは今である。

相場では負けることがある。負けによる苦悩は負けを拒否しているからである。負け続けると、それを取り戻そうとしてさらに深みにはまる。正常な人間ならば誰でも同じ心理状態となる。たから、ほとんどの投資家は最終的に負けることになる。負けは素直に認め、その原因を追究することである。負けを認める強さが必要です。

相場は投資家の思い通りには展開しない。投資家の都合で指値やナンピンをしても相場は我関せずである。だから相場は投資家の思い通りの展開とはならない。主役は相場(市場)であり、投資家は脇役であることを理解しておくべきである。

相場は難しい。儲けるために近道しようと思っても相場には近道はない。たまたまの偶然はあるが、勝者として勝ち残るためには根気よく続けるしかない。あきらめないことです。他に方法はありません。

投資手法の多様性

短期投資家で「買いのみ」であれば、多少の下げでも成績が悪くなってしまいます。私が「空売りもやってみたら」とアドバイスしても頑として「買いしかやらない」と言う。株式投資は買いだけという思い込みが強いようだ。

私が考えるに、株式投資で「買いだけ」であれば長期投資ではないかと思う。長期投資であれば多少の下げがあっても長期投資だからあたふたしないでゆったり構えていられる。

しかし、短期(売買)投資では、少し下げか続くと買っても買ってもに成績がマイナスになってしまう。安いところを逆張りだといって買い下がるものの大勢には勝てない。

短期売買で買いのみだけでは視点が偏ってしまうのではないかと思う。買いのみでは、常に上がりそうな銘柄だけに目が行ってしまう。短期的売買における勝率は50%前後であるから視点が偏っていてはうまく行かないと思う。

空売りをすることにより、中立的、客観的な視点で相場を見ることができるのではないだろうか。たしかに、買いも空売りもとなるとその判断も難しくはなるが、買いのみでの売買より投資技術や体験がいっそう増し、上達するのではないだろうか。

投資家の考え方も千差万別であるが、このあたりで投資の多様性も考えてみてはいかがだろうか。株式投資には買いだけでなく空売りもできる。また、両建てによるサヤ取りもある。さらに高度な「つなぎ売買」もある。

信用取引残高を見ると、やはり買残が売残を上回って(2~5倍程度)いる。つまり、信用取引においても買い方が多い。以前よりは空売りをする投資家も増えてきているようだが・・・。

もし、単独の空売りが怖いと言うなら、買いの手持ち株を決済、または損切り時に買い銘柄はそのままで、同銘柄に空売りをかけてみてはいかがだろうか。これで、持ち株はロックされた状態になり、その後、相場がどのように変化しようとも損益は変わらなくなります。

そこで、改めて客観的な視点から相場動向を探り、相場上昇と判断したなら空売りを処分し買いのみとします。反対に相場下降と判断したなら買いを処分して、空売りのみとします。

もし、処分後に相場が思惑と反対に転換した場合には、即座に反対の建玉を入れて再び持ち株をロックし、相場動向を注視します。これらを繰り返しながら相場の波を泳いでいくのです。この手法は昔の相場師が取り入れていた手法です。

投資手法は数多くあります。ひとつの手法で頑張るのも良いのですが、投資の多様性にチャレンジして投資の幅を広げることも、これから長く続くであろう投資活動には重要ではないかと考えます。

危機管理、危機意識

北朝鮮情勢が緊迫度を増している。トランプ政権は北朝鮮が6度目の核実験を実施する兆候がみられれば「先制攻撃」を行う準備をすると伝えた。

米軍の原子力空母カール・ビンソン、ロナルド・レーガンが朝鮮半島沖に接近している。一方、北朝鮮はミサイル打ち上げや核実験などで徹底抗戦する姿勢を高めている。圧力を強めるトランプ米政権をけん制する狙いがあるようだ。

現状、北朝鮮情勢はもはや一触即発の状況にもかかわらず、日本ではノー天気のお花畑状態である。危機管理や危機意識がまったくないように見える。これを「平和ボケ」と言わずに何と言うのだろうか。

テレビのワイドショーなど見ている場合ではないだろう。我々投資家は世界情勢の変化によっても成績が左右される。報道機関も現在おかれている日本の状態を最優先で国民に知らせなくてはいけないはずだ。

投資市場は国内企業状況や国内経済、さらには世界経済の状況をすべて織り込んで変動している。投資家であれば、そのような状況をすべて網羅して把握することは難しいだろうが、せめて分かりやすい身近な事象だけでも把握しておくべきであろう。

お花見の季節でもあるが、花見で酒を飲んでいる間でも世界は刻々と変化し何が起こるかわからない。ほろ酔い気分で家に帰って、持ち株の成績を見ようとしたら、持ち株はすでに処分されてなくなっていた、などないように。

そのためにも持ち株には常にストップロス(逆指値)を入れておいて、万全の体制にしておかなければならない。これが投資家として実践しなければならない最低限のルールである。

私たちの身の回りには危険がたくさんある。「君子危うきに近寄らず」とあるが、しかし、自ら避けられない危険もある。自然現象や今回の北朝鮮情勢、外部からの予想もしないサプライズなど。

海の波は100回に1回は大きな波となって海岸に押し寄せるという。さらに1000回に1回はもっと大きな波となって押し寄せるという。津波でなくてもこのような状態だ。もし、これらの知識があれば、穏やかな海だからといって岸壁近くで釣りをするのはリスクがあるということが認識できるはずだ。

つまり、リスクのあるところには常に危機管理や危機意識をもって対処しなければならない。リスクがある程度事前に予想されるものに対しては、完全とは行かないまでもそなりの対策を講じておくべきであろう。「備えあれば憂いなし」

青葉が芽吹き、色鮮やかな花が咲き始めました。我が家の花壇にもバラの花が満開です。過ごしやすい季節となりましたが、投資家であれば常に心の隅には危機管理や危機意識を持っておくべきでしょう。