マスメディアの功罪

投資家は常に不安抱きながら投資活動を行っています。その不安を解消しようと投資家はあらゆるメディアを検索し、今後の見通しなどの情報収集に必死になっているようです。これらは不安から生ずる当然の無意識な行動であり、メンタル面での不安を解消するのには、ある程度の効果があると思われます。
しかし、情報化社会となった現在では、多くの情報が氾濫し、その真偽のほどを確かめるのも難しいものです。これらの情報は、受け取る側の状況や心理状態によって大きく変わってしまうものです。
株式投資であまりにも大きな損失を被り、パニック状態のところに「この銘柄は絶対」などの記事があれば、ついつい信じ込んでしまうものです。これが人間の心理というものでしょうか。人間は言葉で聞くより活字になった情報を信じる傾向が強いとも言われています。どのような人がどのような立場で書いているのか分からないのに・・・。
相場暴落時では『株式市場が大きく下がれば下がるほどチャンスとなります。株式市場が大きく下がったら「目をつぶって買う」という投資戦略を取るのが、金融恐慌相場の鉄則ということになります』などの記事もある。まるで清水の舞台から飛び降りろとでも言うのだろうか。誰が書いているのか顔を見たいものである。相場の鉄則は損切りぐらいなものだろう。
予測が外れても解説者は「ごめんなさい」で済むが、それを信じた投資家はそうはいかない。解説者の記事を見て投資して失敗すると、当然ながらその解説者を恨む。自分がその情報を受け入れたという自己責任も忘れて・・・。恨みからは得られるものは何もない。
不安を解消するのに情報収集をすることは良いとは思いますが、その際には、情報を受け取る側が常に客観的で冷静な状態でなければ正しい判断ができないと考えます。しかし、冷静であればこれらの情報に耳を傾けることもないのだが・・・。不安な状況であるから情報収集に走るわけですから、ここに矛盾が生じてくるわけです。
そこに矛盾が発生し、矛盾は悪循環を引き起こす。悪循環は投資の世界においては損失を意味することになります。
一般的に問題を解決・決断する場合には、プラスの面とマイナスの面の両方から判断しなくてはなりません。株式投資の場合は、たとえば「ここは大底だから買いに入ろう」と判断した場合、情報収集も自分にプラスの情報を意識的に見るようになってしまいます。しかし、投資にはリスクもあるわけですから、万一、反対の展開になったら「このようにしよう」という対策も同時に取っておかなければなりません。
要するに、投資家は「常に客観的で中立的な立場」から市場を判断しなくてはならないということです。さらに言えば、できるだけ少数派の意見にも耳を傾けねばなりません。往々にして相場の世界の情報は、市場の動向に追従し、振り回されて極論に走る傾向があるため注意しなければなりません。
私は常に相場の世界から社会を見ています。すると、一般社会にも大きな矛盾があることが良く分かります。感じることは、現在の社会は情報化社会であり、その多くはマスメディアからの情報であり、これらのマスメディアの報道の仕方によっては、善悪は別としても社会を大きく変化させてしまうことにもなります。
さらに、マスメディアであっても、ひとつの利益追求の企業であることを理解しておかねばなりません。利益を上げるためには大衆に迎合した記事を書くことになります。これではマスメディアの本質である真実の報道とかけ離れます。
以上のように、我々投資家の正論としては、マスメディアなどの情報に振り回されることなく、信念を持って客観的で冷静な投資スタイルで挑みたいものですが、これがなかなかできないものです。
昨今では中国のシャドー・バンキングやウクライナの問題がクローズアップされています。この問題がどのように波及してくるか分かりませんが、マスメディアでは、この問題に対して一様に距離感があるようで、大騒ぎしている割には他人事のように感じられます。しかし、これらは単にタイムラグの問題でしかなく、実体経済への負の影響が表面化したら一気に日本の危機が深まることは歴然としています。そのためにも、我々は今からその対策を講じておかなければなりません。
さて、投資の世界で利益を上げ続けられるということは、翻って、大きな損を経験し、それらを苦悩の末に乗り切った先にあるものです。最初から勝ち続けるような投資家は、結局どこかで大きくやられてしまいます。しかも最初に負けた投資家よりも大きくやられることになるのです。しかし、負けることは決して嬉しいことではありませんが負けることも時として必要であると思います。
負けは負けでも、他力本願による負けと自分で判断した後の負けでは大きく異なります。前者では恨みが残り、後者では体験が残ります。
負けた時は誰でも落ち込むのが自然です。無理に強がる必要もありません。落ち込む時はとことん落ち込んだらいい。これが自然体である。そして、落ち込んだ後は失敗を糧に前進すればいい。一番よくないのは、落ち込んだままの状態でいつまでも失敗を引きずることです。これでは更に失敗を招くことになります。
失敗を忘れるということではありません。同じ失敗を繰り返さない為にも負けたことは忘れてはならない。判断を誤ることは正常なことです。それを修正しないことが良くないのです。
投資活動がうまく行かなくなると、つい情報収拾に走ったり、他の手法に目移りする。しかし、どこにもおいしい情報や必勝法などありません。自分の過去の売買から学ぼうとしない人間は進歩はない。求める答えは自分の手の内にあることを理解するべきです。負けた売買は貴重な財産です。そこから学ぶことにより、将来における失敗を駆逐することができるのです。よって、自己判断の失敗は成功と同等の価値があるのです。

自分を見出す

多くの投資家が投資活動を振り返ってみると「大きく儲かったときもあった。しかし、トータルすれば損となっている」。多くの投資家はこのように答えるでしょう。過去に大きく儲けたときのことが忘れられず、今でも夢をもう一度と考え試行錯誤しているのではないでしょうか。

ギャンブルにおいても、最初に大儲けしたためはまってしまったという話はよく聞きます。こうした点では株式投資もギャンブルも似かよっています。しかし、株式投資とギャンブルは本来は次元の異なるものです。

しかしなぜ、上記のように株式投資とギャンブルが似かよってしまうのでしょうか。これらの共通点は「最初に、または、過去に儲けた」という点です。この点を掘り下げていくと、そこに「偶然」「ビギナーズ・ラック」という共通点が見出せます。

つまり、過去に儲けたことは「たまたまや偶然」だったのです。相場が大きく上昇したときには大きく儲けることができたが、相場下降期には損を出したなど、つまり「出たとこ勝負」となっています。

株式投資とギャンブルとは異なるものの、そこに何が欠けているか気がつきませんか。それは「相場しだい」「運しだい」となっているところです。そこに「自分」がないこと気づきませんか。

株式投資もギャンブルもそこに「自分」がなければ、いつも相場や運に振り回されているだけです。だから「勝ったり負けたり」となるのです。では、そこに「自分」を見出すとはどのようなことなのでしょうか。

私はギャンブルはしませんが、ギャンブルを好む知り合いはいます。そのような人から話を聞いていると、皆それなりの自分のスタイルを持っています。あるギャンブラーが言

っていました。ギャンブルに入る前に、まず「場」の雰囲気を読むそうです。そして、その流れを読むのだと言うのです

その流れの中に必ず「勝ち馬」がいるそうです。つまり「ついている人」がいます。そのついている人に乗るのだそうです。勝っている人と同じように賭けるということです。

勝っている人の動向を見ながら「場」の雰囲気を観察していきます。もし、その人が負けが続くようであれば、次の「勝ち馬」に乗り換えるそうです。

これらもギャンブラーの嗅覚に依存することになりますが、そこに「自分」があります。自分なりのセオリーがあります。ギャンブルの場合は、そこに明確な根拠があるわけではありませんが、ギャンブラーには、ギャンブラーなりの洗練された嗅覚や流れを把握するスキルを持つことによって、他のギャンブラーより勝ることができるのでしょう。そこに自分で判断するという「自分」があるのです。

では株式投資の場合はいかがでしょうか。やはり投資においても「運」や「偶然」に任せるのではなく、そこに「自分」を見出すべきでしょう。つまり、投資に対して自分なりのスキルを見出すべきです。そうすることによって相場に振り回されることなく、自分なりの投資スタンスで相場を見ることができるのではないでしょうか。

相場を客観的に見ることができることによって「運」や「偶然」が排除でき、相場を自分のものにできるのです。

両刀使い

さて、相場変動には「上昇」「下降」「もちあい」の3つしかない。上昇と下降は株価チャートを見ればすぐ分かる。しかし、もちあいについては、どのような変動幅をもちあいにするかによっても異なるものです。

このもちあいは結構多いものです。相場上昇となっても途中では、中断もちあいなどが発生するものです。これらのもちあいの数により二段上げ、三段上げなどと表現します。相場下降においても同様です。もちあいとは、上昇または下降途中の踊り場であり、エネルギーの蓄積場でもあるのです。

相場の半分以上はもちあいであるという説がある。また、もちあいは相場全体の70%にも達するという人もいる。これらの数値は別として、とにかく、もちあいは結構多いものです。

ご存知のように、もちあい期は株価が行ったり来たりで成績もパッとない。もし、このもちあい期が相場の半分であって、その間の成績がプラス・マイナス、ゼロであったとします。すると、収益を上げるためには、もちあい期の残りの半分で上げなければなりません。概念的に残りの半分の半分、つまり相場全体の期間の4分の1が上昇、残りの4分の1は下降となります。ここでよく考えてみてください。

もし、買いオンリーの投資家は、収益の上げることのできる期間は相場全体の4分の1の期間しかないということです。しかも、その4分の1の期間で上昇を底値から天井まで取ることは不可能でしよう。せいぜい取れるのは、底値から天井までの幅の半分程度でしょう。それ以前に、相場上昇期を判定することは困難を極めます。

以上のことから、客観的に見ても投資における成功の確率は非常に低くなります。ですから「儲かったときもあるが、全体では儲かっていない」となるのです。

さらに、相場格言に「三日天井、底百日」という言葉もあるように、上昇局面より、下落局面のほうが長いの一般的です。ということは、儲かる期間がさらに短いということになり、結局、儲かる投資家は5%に満たないということになるのです。以上のような相場メカニズムから考えると、この「5%」の数値も間違いではないような気がします。

ここまで長々と説明して、私が何を言わんとしているか・・・。それは、上記のように相場全体の変動メカニズム(上昇、下降、もちあい)は変えることはできません。であるならば、このような相場環境の中で投資家はいかに収益を上げていくかということです。

その答えは無いように思えます。しかし、考え方によっては、もちあい期では収益を上げることはできないものの、残りの半分の上昇、下降期では収益を上げるチャンスがあると言うことです。あくまでもチャンスではあるのですが・・・。

つまり、買いと空売りの両刀使いです。買いは上昇期に、下降局面では空売りで儲けるチャンスが発生します。ただ、上昇、下降の判断は難しいのですが、これらを解消する手法のひとつに「順張り」があります。つまり、流れ(トレンド)に乗って売買することです。それが結果として、トレンドを判定することになるのではないでしょうか。

とは言うものの、相場はなかなか理論通りには行かないものです。しかし、せっかく与えられているチャンスを自ら放棄する必要はないと思います。ショックなどで暴落があった場合などには「買っていなくて良かった」と思うのではなく、空売りで果敢に収益を上げるべきです。これでこそ投資家です。

結論、やはり買いオンリーでは収益のチャンスが少なくなります。相場の判定は難しいものの、買いと空売りのを使い分けて売買することにより、スキルの上達とともに収益のチャンスが広がるのではないでしょうか。

損切り幅

投資家は常に不安の中で売買しています。特に最近は、ロシア・ウクライナの問題や中国のシャドー・バンキング、韓国の経済不安など外部環境に不安材料が多く見受けられます。そのためか、最近は一日の株価変動幅が大きくなっているようです。

そのような中で売買するのですから投資家も気を緩めることはできません。このような環境の中、投資金の多くが買い一辺倒のスタンスであったなら、さぞかし緊張も高まるでしょう。ある意味で投資とは、ストレスとの戦いでもあるのです。

さて、投資運用における最大のリスク管理は「損切り」にあることはすでにご存知であると思います。投資の世界には常にリスクが付きまとい、いつ何時○○ショックが起こるかわかりません。投資家は常にこれらのことを頭に入れて、リスク対策を怠ってはいけません。

損切りについては、個々の投資家によりその考え方はさまざまです。また、短期売買や長期投資などによっても損切り手法は異なってきます。そこで、今回は損切り手法における「損切り幅」について考えてみたいと思います。

投資初心者であれば「10%で損切りする」などと、投資家サイドの都合で決められることが多いようです。市場あっての投資家であるため、市場からみれば「10%で損切りする」ことに根拠はまったくありません。ただ、投資家サイドからいえば10%の損が投資家の許容範囲なのでしょう。もし、10%で確実に損切りができるならば市場に留まることは可能となります。しかし、これが・・・。

もし、10%の損切りができずズルズルと引かされ、そうこうするうちに○○ショックが発生、大暴落。あまりの凄まじさに我を忘れてすべて投げてしまった。後に、冷静になって計算してみたら50%の損、つまり半値になってしまった。このような経験をされた投資家も少なからずおられるのではないでしょうか。

たとえば、100万円の投資で50%の損となれば投資残金は50万円となります。そこで、再度50万円の投資金で損を取り戻そうとチャレンジした場合、どれだけの利回りが必要でしょうか。

100万円の投資で50万円(-50%)の損ですが、50万円の元金で、その損の50万円を取り戻すためには利回りを100%にしなければなりません。これは容易なことではありません。このように、いったん大きな損失が発生すると、その回復にはさらに大きな利回りが必要となってきます。損は一瞬ですが、その回復には多大な時間と労力が必要となります。

以上のことから、いかに「こまめな損切り」が重要になってくるかお分かりいただけたと思います。元金がなければ投資はできません。その元金を守るためにも、こまめな損切りは不可欠となってきます。

「この銘柄なら絶対いける」と意気込んで、投資金100万円を集中投資。しかし、期待もむなしく暴落にあって損切り、その損切り幅50%ではやりきれません。さらに、その銘柄に入れ込んだ分、精神的にも相当落ち込みます。しばらくは再起不能でしょう。

これらの状況を避ける意味でも「分散投資」は必要となってきます。資金が少なくても分散投資はするべきです。分散投資には、リスクの分散ばかりではなく、投資家のストレスの分散などの効果もありお勧めです。

投資とは継続して初めて利益が上がるものです。その継続性を保つにはやはり「こまめな損切り」、そして「分散投資」です。これらを肝に銘じて更なる飛躍を期待いたします。