自由と権利と義務

さて、少し堅い話になりますが、「自由」とは何だろう。多くの人々は自由と聞けば、それは素晴らしいことであり、開放的なイメージを抱くことでしょう。まず、自由という言葉を聞いて嫌悪感を抱く人はいない。辞書には「自由とは自分の意のままに振る舞うことができること」とある。

どこかの国と違って、日本は自由主義社会であり、人々が自由に発言したり行動をすることができる権利を持っていて、それが法律に反する事でない限り、人はそれを尊重するべきであるということです。実にすばらしいことです。

経済においても、とりわけ投資の世界においては、その「自由」はいかんなく発揮され、最近はグローバルな時代となって海外の株式も購入することができます。株式投資ではどの銘柄を買っても売っても自由です。また、どれだけの資金量をつぎ込んでも自由です。これらの点ではまさに自由主義バンザイと言ったところです。

しかし、自由とはすばらしいことだけなのでしょうか。私は、すべてのものは対を成し二面性を持っていると思っています。たとえば、陰と陽、善と悪、苦と楽、正と負、富と貧・・・、このように物事はすべてバランス(調和)の上に成り立つと考えています。バランスが崩れると問題を引き起こすとになります。

話はちょっと逸れますが、あるとき知り合いの投資家に私の書いた「迷言集」を差し上げました。この迷言集は私が相場から学んだ投資の本質や人生感について書いてあるので、少しは投資のお役にたつのではと申し添えました。

後日、彼から「相場について何も書いてないじゃないか」と連絡があった。そこで私は「相場については直接的な言葉ではなく比喩的に書いてあるので、その深い意味を読み取って頂きたい」と申し上げた。語録の中の「自由とは素晴らしい。しかし、規律のない自由は暴走し、崩壊を辿る」を例をあげて次のように説明しました。

「株式市場は何を買っても売っても自由であるし、何株売買しても自由でしょう。しかし、何のルール(規律)も持たず自由に売買すれば、いずれ歯止めが利かなくなり暴走して、結果的には破綻するのではないですか」と説明した。理解されたか分からないものの、自由とはルール(規律)の中にあるものであり、そこにルールがなければいずれ崩壊してしまうものではないでしょうか。

株式投資に絶対はないものの、株式取引においては絶対的なルールがあります。それは信用取引における「追証」と「信用期日」です。これらのルールは、証券会社サイドの保全という意味合いもありますが、最低限、投資家を破綻させないためのルールであるとも解釈できます。もし「追証」や「信用期日」のルールがなかったとしたら投資家はどのような結果になるでしょうか。

一般に「権利を主張する者は多い。しかし、権利とは義務を果たしてから初めて主張できるものであることを自覚するべきである」とあるように、自由とは権利でありますが、投資の世界では自由という権利を守るためには、おのずとそこにルールという義務がついて回るような気がしてなりません。

一般社会において、人々は自由な発言や行動をすることができる権利を持っています。しかし、法律(ルール)を犯せばペナルティ(罪)が発生します。株式投資においても規律(自己ルール)を守らなければペナルティ(損)が発生します。

よって、投資で成功するためには、自己ルールの確立とその厳守ということになるのでしょうか。

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