悩みの本質

株式市場は上昇を続けている。「国策に売りなし」と言われるように政策的な発表のインパクトは大きい。「国策に売りなし」を素直に好感したようだ。

このようなサプライズでは、大きく儲ける投資家と大きく損をする投資家と分かれる。多くの投資家は買いオンリーであるため、一般投資家は胸をなでおろしているのではないだろうか。

ただ、ここで注意をしなければいけないことは、サプライズはいつもあることではないので、今後の売買を今回のビギナーズラックを基準として判断すると間違いを起こすことになりかねません。追い風は、いつかは逆風となるわけで、くれぐれも今回の収益を自分の実力と錯覚しないように・・・。

さて、持ち株の成績は改善されたものの、今後はどのような対処をすればよいのか、どのように打って出ればよいのか悩むものである。上がれば悩み、下げればまた悩む、このように投資の世界は悩みから逃れられない世界でもある。

そこで「悩み」の本質とはなんだろうかと考えてしまう。そして、そこでまた悩んでしまう。人間は生きている限りや悩みから逃れることはできないのだろうか。

私の考える「悩み」とは・・・。悩みとは不安から来るものであると思う。では、不安は何から来るものだろうか。私は、悩みや不安は「先のことを考え過ぎる」「物事の成否を考え過ぎたりする」ことから起こるのではないかと思っています。

投資であれば「今日、これだけ上げたのだから、明日は利食い売りが出て弱含みになるのではないか」、また、「国策に売りなしなのだから上昇トレンドに入るだろう」などと投資家自身の気持ち中でも反対の考えが交錯する。これがストレスの原因となる。

これが「悩み」であり「不安」である。これらの悩みや不安は先のことを考えるから起こるものであり、もし、明日持ち株を全部処分するとなれば、これらの悩みや不安はなく、夜もぐっすり眠れるだろう。

つまり「悩みや不安は、これから先のことを考えることから起こる」と言っても過言ではないだろう。株式投資は、これから先の企業業績の好転を見込んで先回りして投資を行うものである。

つまり「これから先・・・」のことであるから、投資では常に悩みや不安が付きまとうのです。さらに、投資の判断は平常心で行わなければならないところを悩みや不安、ストレスを抱えての判断は、その判断を狂わせる結果になるのではないでしょうか。だから投資家はいつも儲けることができないという結末になるのか・・・。

私が推奨するシステム売買を考えてみましよう。システム売買は私情を挟まず、売買ルールに従って淡々と売買を継続するものであり、そこに「これから先・・・」という判断はまったくありません。

よって、システム売買は先を読まないから、通常の売買のような悩みや不安から開放されることになるのではないでしょうか。人間の心は、現在置かれた環境や現状に左右されるものです。大儲けしているときと大損しているときの感情は、やはり異なるものでしょう。

「決断する前に自分の鼓動に聞いてみろ。興奮状態で結論を出すな。決断は常に平常心で行うべし」とあるように、投資家は時折々の感情に左右されないような投資環境を構築するべきでしょう。

知る者は言わず・・・

東京市場は高値こう着状態です。このような動きの中での売り買いは難しいものです。うまく仕掛けたとしても「下がるのではないか?」「上がるのではないか?」と怖くなり、結局、小幅の利食いになってしまうものです。

裁量的な売買であれば投資金を少し抑えての売買が賢明かと思います。小幅であっても利益が出ればよいのですが、乱高下が激しくリスクが高まることになります。

さて、先日「プロ投資家会」なるものに参加しました。人数は10名ほどで、会食しながら約3時間程度の座談会でした。大多数は旧知のメンバーでしたが何人かの新人も参加しました。

会合ではいつもながら私は聞き役に回りました。参加者のほとんどはFXの投資家でした。その話を聞いていると、一日に50回も100回も取引するというツワモノもおりました。つまり、スキャルピング手法での売買です。私には真似のできないことです。

さらに驚いたことに、その売買に1日10時間も費やしているとのこと。どのような生活観で暮らしているのやら・・・。人間が集中できる時間は2時間程度と言われているのに。さらに突っ込んで聞いた見た。

毎日長時間パソコンの前に張り付いていて辛くありませんかと。彼曰く、「とても楽しいですよ。好きだから」と言った。これにはさらに驚いた。

投資の世界も変われば変わるものだとつくづく感じました。私が投資を始めた頃は鉛筆をなめなめローソク足を書いていたものだがなあ・・・。隔世の感があります。

そのような会合に出席すると、ひとりで自説を延々と述べる人が必ずいます。周りは黙って聞いているようですが、はたしてその人が自説のとおり大儲けしているのだろうか。私は「知る者は言わず、言う者は知らず」と思っているのですが・・・。

どのような手法で売買しようが、どのような考えを持って売買しようが、投資の世界は「勝てば官軍」ですが、「投資」をその投資家の人生という大きなスパンから見た場合、どのような位置づけになるのでしょうか。

何事も犠牲を払わずして成し得るものはないものです。物事を成し得るには必ずその対価が必要であることは誰しも承知しているでしょう。しかし、何かを得るために、その対価と得るものとのバランスを考えてみたことがあるでしょうか。人生もまた「損小利大」ではないだろうか。そのように感じた会合でした。

腰を痛め、集中力を欠いているため、今回はこのあたりで。

良い時も悪い時も・・・

桜も満開となり、いよいよ春本番となってきました。大いにエンジョイできる季節です。株式市場も15年ぶりの高値となり、投資家も意気揚々ではないかと思います。

このような状況下、個人投資家はどのように対処をすればよいのだろうか。「これから相場はどうなるのだろうか?」「だいぶ上げているのが買っても良いか」「少し様子を見たほうが良いか」など自問自答しているようです。

これらも迷いからくるものだろう。市場が大きく変化してくると、それらと相関するかのように投資家の心理もおだやかではない。

私は、これらの問いに期待できるような答えを持ち合わせいてない。なぜなら今後の相場展開など分からない・・・。分からないことをもっともらしく話をするのは無責任極まりないからです。

そのような問いに対して「もし、現在の判断が自身の過去の売買と照らし合わせて確率的に正しいと思いますか」と逆に質問しています。なぜそのような質問をするかというと、大変失礼な言い方ですが「現在においても投資で利益を得ていないなら、確率的に現在の判断は間違っている」ということです。

これらの行為は、同じ人間のすることであり、人間の本質は早々に変わるものではありません。さらに、そこに「欲」という魔物が絡んでくるため多くの判断を狂わせることになるのです。

投資においては、投資家自身の売買ルールを構築すべきであると常々申し上げています。今回の相場下落においても、その判断を自己ルールに照らし合わせてみれば自ずとその判断はできるのではないでしょうか。

自己ルールを持たない投資家は「羅針盤のない船に乗っているようなものです。相場の風にまかせて、あっちにふらふら、こっちにふらふら」となります。これで儲けようとすること事態が間違いです。基本が間違っているので儲かるはずもありません。

自己ルールでの運用はシステム売買でもあります。投資の究極は「感情を廃し、自己ルールに従う」ことではないでしょうか。そして、それを続けることです。

私は売買のためパソコンを開くときには「良い時も悪い時もひたすら続けること」と自分に言い聞かせ売買を始めます。

ごまかし・まやかし

株式市場は高値圏で推移している。米国の3月雇用統計に加え、来週(6-10日)は日銀金融政策決定会合も開催されるなど重要経済イベントが相次ぐが、好業績期待に基づいた日本株への投資意欲は衰えないと見ているようだが、はたして・・。

投資の世界はすべて自己責任であることは周知の通りですが、自己判断で売買して負けるのであれば、それは自己責任ですからやむを得ないところです。自ら戦って負けたのですから、そこに何らかの教訓を得ることができるでしょう。

自己判断で戦って負けるのであれば不本意ながら負けを認めざるを得ません。しかし、戦う以前に負けるようなことがあっては納得はできません。「戦う前にすでに負けている」とはどのようなことなのだろう。

最近はFXが大流行のようであるが、調査によると、FXを含め株式投資やその他の個人投資家で大損した人は日本中で500万人はいると言われています。しかし、その実態はほとんど表に出てこない。

新聞やテレビ、投資雑誌にはあらゆる金融商品の宣伝広告が見られます。しかし、大々的にこれらの商品の危険性については、新聞、テレビ、投資雑誌では取り上げられていない。なぜだろうか。

それは、今でも危ない商品を売り続ける証券会社、銀行、生保などが、それらのメディアの広告主であるからです。よって、リスクを取るのは投資家だけとなるわけです。

すべての金融商品が危ないとは申しませんが、これらの商品のほとんどが元本保証ではないということです。特に海外のファンドや金融派生商品を組み合わせたファンドなどは危険極まりない。

これらの金融商品を購入することが、すでに「戦う前にすでに負けている」ことになります。他人が儲け話など持ってくるわけではないのです。儲かるのは勧めにきた人だけです。このことはしっかり肝に銘じておいてください。欲ボケしないことです。

金融の世界には、一般には知られていない「黒い闇」があることを理解しておかなければなりません。

個人投資家は常に大きなハンディキャップを負いながら投資活動をしています。たとえば、信用取引の買残の公表です。これは一週間遅れです。その理由は集計に時間がかかるとのことです。冗談じゃない。今のようなコンピュータの発達した情報化社会で信用残の集計に一週間もかかるはずはない。そこには瞬時に公表すると都合の悪い輩がいるからです。

また、買残の評価損率が公表できるのであれば、売残の評価損率も公表すべきである。公表すると都合の悪いことがあるのだろう・・・。情報はすべての投資家に平等公平に公開すべきであろう。

もうひとつ言わせていただければ、それはNT倍率(日経平均÷TOPIX)である。このNT倍率は以前は10倍程度であった。それが現在は12倍程度である。これは何を意味するかと言うと、日経平均は225銘柄で構成されており、その中の銘柄を随時入れ替えている。

時代にマッチした銘柄に入れ替えるのはある程度理解はできるが、これでは日経平均とTOPIXの乖離がどんどん開くばかりである。日経平均はいいとこ取りの指数であると言ってもいい。だから、プロの間では日経平均は使い物にはならんと言われる所以である。日経平均とTOPIXの乖離がどんどん開くのであれば、日経平均を買ってTOPIXを売るというサヤ取りもできるのではないだろうか・・・。

とにかく我々の業界は「運用という悪魔が大事な資産を食い潰す」と言われるような、ごまかしやまやかしの魑魅魍魎の世界であることを理解した上で、他力本願的な考えはやめて、必ず自分自身の判断で売買されることを願うものです。