投資指針

株式投資とは「今後成長が期待できる企業に投資して、その見返りとして配当を受け取る」。この「配当の収益」が株式投資の原点であり、正しい姿であろう。

その投資の派生として、キャピタルゲインによる収益がある。我々投資家は、主にこのキャピタルゲインによる収益を求め投資活動を行っています。しかし、このキャピタルゲインによる収益は、株式投資の本道から外れるものではないでしょうか。

キャピタルゲインによる収益を求めることは、本来の投資の姿ではないわけであるから、そこに当然ながらリスクというものが発生することになります。そこで、我々投資家は、これらのリスクを承知で株式投資を行っているわけです。

配当による利回りはわずかなものです。しかし、投資の原点はここにあるのです。これらの原点である配当利回りを超えた収益を望むとき、そこにはリスクが発生し、望むリターンが大きければ大きいほど、そのリスクも大きくなるということです。

投資の世界では、当然ながらできるだけ大きなリターンを求め奔走するものです。しかし、望むリターンが大きすぎると、しだいに暴走し破綻を招くものとなります。

投資家は夢と期待を持って市場参入してきます。投資金を2倍にも3倍にもしようと・・・。しかし、投資で安定した収益を上げようとした場合、その収益は投資家が考えるような大きな収益にはならないことを理解していただきたい。

投資で暴走しないためには、裏づけされた理論やスキル、指針が必要となってきます。自分の信じられる何らかの指標なり技法なりをよりどころにすることによって、外部の情報や材料などの雑音を気にすることなく売買ができるのではないだろうか。

しかし、一つや二つの指標を信じて利用し続けるということは、なかなか大変なことです。利用途中では曲がってしまうこともあるでしょうし、このまま続けて行っても良いのだろうかと疑問に持つこともあると思います。

もし、投資の指針を何も持たず売買することと、何らかの指針のもとに売買することを比較した場合、実際の売買ではどのような状況となるでしょうか。

何の理論やスキルを持たずに売買すると、市場が急変しようものなら投資家は今後の展開に気を揉んで神経をすり減らすことになります。そして、結果として、確定的な結論や体験も積み上げられないことになります。

何らかの理論やスキル、指針のもとに売買すれば、外部の状況に振り回されることなく、指針に沿った客観的な売買が可能となり、精神的なプレッシャーも軽減されるものと思います。

これらのケースを売買収益から見た場合はどのようになるでしょう。「指針のもとに売買」をしたからと言って常に利益を確保できるわけではないでしょう。負けが続くこともあるでしょう。最終的にはマイナスとなってしまうかもしれません。

しかし、少なくとも「何の指針を持たずに売買する」より「何らかの指針のもとに売買」する方が、たとえ収支がマイナスとなっても、その差は雲泥の差となるはずです。「何も持たず売買する」では、破綻する可能性が大です。一方、「何らかの指針のもとに売買する」では、たとえマイナスとなっても生き残れるはずです。

投資家は常に不安の中で売買しています。何の指針も持たずでは相場に流されてしまいます。何らかのよりどころになる自分に合った投資指針を見つけ、それを信じて売買を続けることです。それ以外の方法はないような気もしますが、いかがでしょうか。

五感

人間には五感というものがある。つまり、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五つの感覚である。人間には勘の鋭い人がいる。そうでない人もいる。普通とは少し違う感覚の持ち主もいるだろう。

思考、感情、感覚、そして直感もいずれにしろ、この五感が元になっている。投資の世界にも相場感覚が鋭い人もいるし、売買に長けている人もいる。これらがそれぞれ個性として現れ人間を形成している。

ある著名な画家に入門した弟子が師匠に「絵が上手になるにはどうしたらよいでしょうか」と尋ねた。すると、師匠いわく「よい絵をたくさん見ることだよ」と言ったそうだ。これは視覚から多くの情報を入れて自分なりの感性を磨くことになるのだろう。

音楽なども同様であろう。多くの音楽を聴いて、自分の感性に合ったジャンルに進むことによって感性が研ぎ澄まされることになる。このようにすべて五感から入った情報を処理して、自分をより良い方向に方向付けするのです。

経験や体験もすべて五感を通して積み重ねていくものである。我々の投資の世界も同様であろう。五感を通して勉強し、チャートを眺めながら体験を積んでいく。思考や感情、感覚、直感は、このような体験を元に構築されていくものであり、その基本的ベースには五感がある。

直感とは、今まで積み重ねてきた体験や経験の中から瞬時に最適な手段を組み合わせて、ひらめきという形で表現されるものである。心理学的に、この直感は人間が生きていくための最善の選択であるとも言われています。体験や経験が多い人ほど、その直感は研ぎ澄まされるとも言われています。

私なりに直感(ひらめき)のメカニズムを考えてみました。これをジグソーパズルに例えてみました。ひとつひとつのピースは、ばらばらとなった体験や経験とします。これらのピースが多ければ多いほど組み合わせは大変になります。

ピースが少なければ簡単に組み合わせることができますが、その出来栄えはシンプルなものとなるでしょう。しかし、多くのピースでの組み合わせでは大変な作業となりますが、完成すれば見事な絵となるでしょう。

このように、人によって経験の多い少ないはありますが、ピースが組み合わさって完成したときが直感がひらめいた時と言えるのではないだろうか。

これを相場に当てはめてみましょう。投資家はそれぞれ相場展開を見て何らかの感覚を覚えるでしょう。ある人は「上昇しそうだ」、またある人は「横ばいから下降に向かうんじゃないか」など、人それぞにに見方は異なってきます。

現在の変動パターンと同様なときに儲かった人と損をした人では、自ずとその捉え方は異なってくるものです。これは、それぞれの投資家の体験から判断されるものです。もちろん、万年強気、万年弱気の投資家もいるでしょうが、その判断はすべては投資家の過去の体験からくるものです。

何事も一朝一夕では成し得ません。多くの体験を積んで感性を磨き、目的達成のため努力することです。

 

拙者の格言

「ひらめき・直感」とは、今まで長く積み重ねてきた経験や体験に基づいて生まれてくるものであり、人生をより良い方向に導く最良のアイデアである。大切にせよ。

問題解決の極意:その問題について、考えられるあらゆるすべての事項を頭にインプットする。そして、その問題を解決しようと考えず、その問題からいったん離れる。しばらく時間が経過すると必ず正しい解決策がひらめく。自然に正しい方向に進む。焦るな。

持ち株の放置

私の友人も先物取引をしている。売買では、ある程度の目安のところでナンピンを入れるという。もちろん損切りもするのだろうが、先物取引にはナンピンは馴染まないような気もするのですが・・・。

以前も解説しましたように、相場変動は海の波と同様に忘れたころに大波となって押し寄せてきます。その大波の時にはナンピンも通用しないのではないだろうか。

初心者の多くはナンピンを入れることにより、平均コストが下がり有利に働くと考えているようです。たしかにコストの面ではそうですが、資金配分の点から考えると非常に非効率的です。

最初の仕掛けで期待通りの展開となれば、利益となるものの投資金が少ないため、利益の金額も少なくなります。反対に仕掛け後に思惑通りの展開とならない場合は適度なポイントでナンピンを入れます。

ナンピンの問題点は、ナンピンを何回入れるか分からないところです。ナンピン回数をあらかじめ決めておいてもそれ以上となった場合はどのように対処するのでしょうか。困った困ったと指をくわえて見ているのでしょうか。それとも清水の舞台から飛び降りたつもりで損切りするのでしょうか。結局はそのまま放置となるのではないだろうか。

決してナンピンを否定するものではないのですが、ナンピンは負けが込んだところにさらに資金を投入するわけですから、プレッシャーもかかり、あまり効率的ではないような気がするのてすが、いかがでしょうか。

投資の世界は歓喜と絶望の世界と言われています。儲かれば喜び、損をすれば落ち込む。投資家であれば誰でも経験することです。私の体験からすると、このような歓喜と絶望のあまりない投資方法が長続きして収益に繋がるように思えます。ストレスの小さい投資手法が長続きする秘訣です。

つまり、利益もほどほどに、損失は小さめにという投資手法が長続きして最終的には利益をもたらすのではないだろうか。これらの点から見ると、ナンピンでは投資金は大きくなり、ナンピンする時点では必ず評価損となっています。これでは、いつの日か絶望の時がやってきます。

ナンピンが有利に働く相場もありますので、その利用法によっては効率的となる場合もあります。ただ、ナンピンをするのであれば、ナンピン回数や損切りポイントを明確にし、必ずそれを実行することです。

投資失敗の多くの原因は「持ち株の放置」にあります。損が大きくなり、いまさら切るに切れない状態にあることです。このような動きようにも動けない状態にならない投資手法であれば、どのような投資手法でもよいと思います。

よって、投資の究極は「自己ルールの厳守」にあるのではないでしょうか。