保険

我が家に雷が落ちたようだ。電気のブレーカーは切っていたが、いくつかの電気製品が壊れてしまった。以前はパソコンのルーターが雷でやられてしまったことがある。プリント基板などの精密製品は雷には弱いらしい。

このような雷を応用した兵器に電磁パルス兵器がある。電磁パルスとは高高度核爆発や雷などによって発生するパルス状の電磁気のことである。電磁パルス兵器は人体には影響を及ぼさず、強烈な磁場を発生させ、地上にある電子機器の機能を瞬時に破壊します。

電磁パルス兵器は一瞬で全てのインフラを麻痺させることができ、今や核と並び最も恐ろしい兵器になるのではないかとも言われています。電子制御である鉄道、航空、船舶などは軒並みストップする。東日本大震災の時の首都圏のように、交通機関のダウンで大量の帰宅難民が発生する。

この攻撃が厄介なのは、復旧までに多大な時間を要することです。きわめて広範囲に被害が及ぶため復旧要員や修理装備・備品が圧倒的に不足し、被害の長期化は避けられないことにある。

そのような中、我々にできることは、雷が発生したらひとまず電気のブレーカーを切っておくぐらいでしょうか。ちなみにインターネットの光ケーブル回線は銅線ではないので雷は落ちないそうです。しかし、雷が電線や電話回線(ADSL使用時)に落ちるとパソコンの電源にも伝わり壊れてしまうので注意が必要です。

私の友人に雷が落ちて電気製品が壊れてしまった話をすると、それは保険でおりるという。早速、火災保険の適用条件を見てみると適用に合致した。そのため保険会社に連絡して手続きをとった。OKらしい。

保険は、ふだんは無駄な支払いだなあと思いつつも万が一のときに活用できる。まあ、保険とはそのようなものなのですが・・・。万が一のときのために保険をかける。つまり、リスクに対するヘッジと同じではないだろうか。

翻って、投資の世界はリスクだらけの世界です。一般社会ではリスクに対しては保険をかけます。しかし、投資の世界では多大なリスクが発生するも保険をかけている投資家は少ない。

では、投資に対する保険とは?。たとえば、ある銘柄を3000株買ったとします。それに対して別の銘柄を1000株同時に空売りする。これも立派な保険ではないだろうか。両建て売買やつなぎ売買もリスクヘッジを絡めた保険付き売買と言えます。

そう言う私も先物の片張りでの売買です。ではリスク管理は?と聞かれますが、私のリスク管理は損切りです。投資の最大のリスク管理は損切りにあります。

損切りは損失を限定するための最大の防衛対策です。そこで私は考えました。損失限定の防衛的対策に対して、もっと攻撃的で積極的な対策はないものかと。そこで従来の先物の片張りに対して平行してデイトレードでヘッジしてはどうかと・・・。

たとえば片張りの先物を持続しつつ、先物が買いであった場合、平行してデイトレードは空売りだけにする。先物が売りであった場合は、デイトレードは買いだけにする。このように反対売買をすることによってヘッジ機能が働き、より安全な投資ができるのではないかと考えました。

そこで、一分足のデイトレードシステムを作りました。ロジックは従来の先物売買の考え方とまったく同じです。ただスパンが異なるだけです。もし、従来の先物売買システムが機能するのであれば、一分足のデイトレードシステムも機能するのではないかと考えています。その結果については、機会がありましたら報告したいと
思います。

世の中、何があるか分かりません。そのためにも保険(ヘッジ)の考え方を取り入れて、継続した運用が可能となるシステム構築が望まれるところです。

リラックス(平常心)

株式市場は経済をはじめ、あらゆる現象を織り込みながら変動している。投資は先読みであるとの考えではあるが、世界中の現象をすべて先取りして分析するのは不可能である。

企業業績などは分析して予測、判断することは可能であろうが、突発的な事件や事故を予測することはできない。しかし、投資の世界では、このような突発的なアクシデントにも対処しなければならない。

では、このような突発的なアクシデントに対処するにはいかにするべきか・・・。それは当欄で何度も述べていますので今更ここで解説する必要もないと思います。あとは決断あるのみでしょう。

私の語録に『一切は心より転ず。心がすべてを創造する。万事、心が決断してから始まる』とある。つまり、決断は投資家自身の心において決断し、そしてマウスをクリックして仕掛けなり、決済という行動をするのであろう。

最初には心が決断し、そして実行をするという一連の流れができる。しかし、心が揺れていれば決断もできないし、たとえ決断したとしても、それは正しい決断とはならないであろう。しかし、投資において投資家がゆるぎない平常心を保つのは非常に難しいものです。

さて、最近の当欄は精神論が多くなっているようで、私自身も気にはしています。そこで、もっと技術的な解説をしたいと思っているのですが、いくら技術が向上して売り買いの判断が容易になったとしても、自動売買でもない限り、投資の最終的決断は投資家自身が行うものです。その実行時に「システムは買いとなっているが、自分の体験からは売りではないか」などと迷うこともあります。

そこに迷いが生じ決断を下せないことも多いのではないだろうか。迷いは投資家について回るものである。迷っていること自体、気持ちは平常心ではないことになる。平常心でなければ正しい判断は下せないというパラドックスに陥ってしまう。

これらの問題点を解決する方法はないものだろうか。結論的には正しい解決法などないと思われます。そこで、この問題を私なりに考えてみた。その原因は「情報過多」にあるような気がする。

情報過多になると迷いが生ずる。情報が多いと選択肢が広がり、どれにすべきか悩む。特に投資では投資家が独りで考え判断するため、選択肢が多いと決断に迷うことが多くなる。

またまた恐縮ですが、私の語録に『独りで考え悩むほど、正しい解決方法から遠ざかり、そして曲がる。考えすぎると、人間は臆病になる』とある。これは私の投資体験から感じたものであり、今でも変わっていない。

つまり、独りで考えすぎると、その答えは正しく答えとならないと言う意味です。追い込まれた状況で答えを出してもそれは間違った答えである。投資活動では追い込まれた状態で結論を出さなければならないことが頻繁にある。よって結果的に負けが続くことになる。

これらの状況を逆説的に言えば、正しい答えはリラックス(平常心)した状態からしか生まれないとなります。では投資でリラックスした状態とはどのような状態なのだろうか。それは儲かっているときです。つまり、儲かっているときは不思議とどんどん儲かります。皆さんもこのような体験はあると思います。

このようなことから、投資の情報は必要最低限にして、相場に入れ込まず客観的にリラックスした状況から相場を見るという姿勢が望ましいのではないでしょうか。

ふしぎな国、それは・・・

我々は資本主義の社会にいます。資本という意味は、金融資本=お金や株式など。物的資本=土地や設備など。ヒューマンキャピタル=人的資本などがありますが、一般に資本は「お金」を意味するところが多く、お金というものは、お金のないところには集まらず、不思議とお金のあるところに集まる性質があります。理不尽なようですが、これが現実です。

よって、富める者はますます豊かになり、貧する者はますます貧しくなるという現象が起こります。以前の日本は一億総中流といわれていた時代がありましたが、現在は、つまるところ、やはり結果的にはお金が一極集中し、ひいては「富と貧」という「二極化」現象となっているのではないでしょうか。

ロバート・ライシュの著書『暴走する資本主義』にあるように、かくあるべき本来の姿から大きく乖離したものは、いずれ是正されるものです。『欲望むき出しで野放しの資本主義は、自らを食い尽くす運命にある』と。私の語録にも『自由とは素晴らしい。しかし、規律と責任のない自由は暴走し、崩壊を辿る』とあります。

この「二極化」は資本主義の末路であると言わざるを得ません。アメリカでも1%の大金持ちとそうでない人々との格差が広がっているという報道があります。そのためデモも起きているようです。「二極化」がさらに進むと必ず暴動が起こります。これは歴史が証明しています。

では、社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動の社会主義はいかがなものだろうか。資本主義の矛盾を批判し、これを克服して、新たな社会を建設しようとする思想や運動は人間社会を幸せにできるのだろうか。

これもまた、以前のソ連、現在の中国などを見ればよく分かります。であるならば、どのような世界観や主義主張が我々に幸せをもたらすのだろうか。今のところ私にも答えが見つからない。

ただ、私の考えるところの幸福感は、これらの資本主義や共産主義などの主義主張ではなく、別なところにあるのではないかと考えています。たとえば、高度な倫理観や規律の遵守、節度や高い道徳感、精神性、勤勉さ、社会への還元などが個人個人にあればどのような体制であっても人々は幸福になれるのではないだろうか。つまり、要は民度、素養の高さにあるのです。

世界中を見渡してこのような国があるのだろうか。もしあるとすれば、それは我々の国、日本であろう。世界中で、日本は世界で一番の長寿国であり、また最も豊かで、そして、とても安全な国である。はたしてそのような国が世界中を見渡してどこにあるのだろうか。最近は豊かであってもテロが横行し、安心していられない。

悲しいかな、日本人はそれを理解していないところがある。なぜだろうか。私が考えるに、それはさかのぼって第二次大戦後の自虐的歴史観にあるのではないかと考えます。日本人はもう少し自信を持つべきです。日本にはそれだけの歴史的背景がある国なのです。

最近、日本に海外からの観光客が大勢押し寄せていてます。日本再発見です。観光客からは伝統文化と近代文化が重なりあう「ふしぎな国」として、とても魅力のある国として見られているようです。

我々はとても魅力ある国に住んでいるのです。なぜ魅力的なのだろうか。それは、日本は世界で一番長い歴史を持つ国だからです。現在は西暦2017年ですが、日本には「皇紀」という暦があるのです。

「皇紀」とは、日本書紀の紀年に基づき、神武天皇即位の年を元年と定めた暦です。現在の西暦2017年を皇紀で表すと「皇紀2677年」となります。日本はそれだけ長い歴史を持つ国なのです。皇紀元年には、今のイギリスもフランスもドイツも、もちろんアメリカという国もなかったのです。

単一民族で世界一長い歴史を持つ日本では、人々が幸せに暮らすためにはどうすれば良いか、長い時間をかけて修練してきました。そして、現在の日本があります。災害国である日本では、先の震災でその対応に世界から賞賛されました。日本人は非常に民度の高い素養のある人種であることが証明されたわけです。

よって、前述しましたように、高度な倫理観や規律の遵守、節度や高い道徳感、精神性がある日本人が、これからの世界を自信を持ってリードしていくべきであると考えますが、いかがでしょうか。