究極の目的は?

私の周りの人達も中高年になり、多くの人が何らかの薬を飲んでいる。聞くところによると血圧を下げるための「降圧剤」を飲んでいる人が多かった。さらにコレステロールを下げる薬を服用している人も多かった。

高齢になればやむを得ないことなのだろう。テレビなどでは血圧の標準値は「130」などと言っている。病院に行っても同様に言われるようだ。私は専門化ではないが、やや疑問に思っている。この血圧「130」は何歳の平均値なのだろうかと。20歳、それとも80歳?。

ある人は、血液検査でコレステロール濃度が「基準値」を超えているので動脈硬化のリスク抑えるため、食事や運動などの生活習慣を図るよう指導される。そして、コレステロール濃度を下げる薬を渡される。しかし、食事を制限しても血中のコレステロール値にはほとんど影響がないことが明らかになったという論文もある。

以上のように中高年者は何らかの薬を服用している人が驚くほど多い。我々は医学には素人であるため医者やメディアの情報を盲目的に信用するしかないのだろうか。

ある老人が病院で検査を受け、医者は「特に悪いところはありません」と告げたものの、その老人は「何か薬をください。薬を飲まないと不安で、不安で」という。笑い話のような話であるが、薬を飲んでいると安心するのだろう。

薬を飲めば当然ながら副作用がある。薬は身体にとって「異物」であり、ある意味では毒でもある。毒が体内に入ると肝臓で分解して無毒化する。しかし、毎日継続して薬を飲んでいると肝臓も疲れてしまうのではないだろうか。酒も同じである。

私の知人に血圧が「220」の人がいる。医者からは「このままでは死にますよ。薬を飲みなさい」と言われていると聞いたが、その知人はガンとして聞かない。何か考えるところがあるのだろう。彼は冬も半袖のシャツで、正月には禊のため神社の池に入って冷たい水を被るという。いつも元気だ。

ある女性は手足が冷えて冷えて困っていると言う。どうしてだろうと考え込んでいた。その女性は血圧が「150」で「降圧剤」を飲んでいる。血圧が低くなって手足に血液が行かないのだろうか。聞くと「降圧剤」を飲んでからだという。高齢になって血圧を下げると脳にも血液が届かなくなりボケてしまいはしないだろうか。

高齢にもなると身体に自信がなくなり、運動をしたり薬やサブリメントを飲んだりして健康維持を図る。冬の零下ともなる寒い朝に一生懸命にジョギングなどしている中高年の姿を見かける。寒いのに大丈夫なのかと心配します。余計なお世話かもしれませんが・・・。

皆、健康が一番だという。確かにそのとおりだろう。しかし、私は次のように考えます。健康な身体を維持することは素晴らしいことですが、要は、健康な身体になって何をするかにあると思います。その「何をするか」を忘れているような気もします。

お金についても同様です。お金を儲ける、貯めることは良いことです。しかし、その先にあるもの、つまり、そのお金で「何をするか」が究極の目的ではないだろうか。

健康もお金も「手段」でしかないのです。健康な身体になって「何をするか」、お金を儲けて「何をするか」。目的を強く持つことによって健康な身体となり、そして、お金も増えてくるのではないだろうか。
拙者の語録から

『健康は笑いから、病はストレスから。病人は笑わない。ストレスは万病のもととなる。ストレスの原因は、不安、不満、苦悩、恐怖、憎悪、嫉妬、緊張、羨望、絶望、怨恨である』

『「薬」とは毒のことである。毒は身体を蝕む。薬は、それを治すことができるかもしれないが、必ず、ほかの多くの機能を害することになる。薬は人体にとって異物である。人体に一番良い薬は「水」である』

『世の中はいつも間違っている。世の中は、本来あるべき正しい姿から常に乖離しながら変化している。よって、現在の常識はいずれ非常識となる。常識は先入観』

『誰でも長生きしたいと願う。しかし、長生きして何をするかの目的意識を持つ者は少ない。健康は最終的な目的ではなく、健康は豊かな人生を送るための手段である。夢や目的を持って行動することにより健康で長生きできる』

『情報過多は迷いを引き起こす。マスメディアの情報の9割はノイズ(雑音)。時として、メディアにより真実が嘘の情報のもとに隠蔽されることがある』