ふしぎな国、それは・・・

我々は資本主義の社会にいます。資本という意味は、金融資本=お金や株式など。物的資本=土地や設備など。ヒューマンキャピタル=人的資本などがありますが、一般に資本は「お金」を意味するところが多く、お金というものは、お金のないところには集まらず、不思議とお金のあるところに集まる性質があります。理不尽なようですが、これが現実です。

よって、富める者はますます豊かになり、貧する者はますます貧しくなるという現象が起こります。以前の日本は一億総中流といわれていた時代がありましたが、現在は、つまるところ、やはり結果的にはお金が一極集中し、ひいては「富と貧」という「二極化」現象となっているのではないでしょうか。

ロバート・ライシュの著書『暴走する資本主義』にあるように、かくあるべき本来の姿から大きく乖離したものは、いずれ是正されるものです。『欲望むき出しで野放しの資本主義は、自らを食い尽くす運命にある』と。私の語録にも『自由とは素晴らしい。しかし、規律と責任のない自由は暴走し、崩壊を辿る』とあります。

この「二極化」は資本主義の末路であると言わざるを得ません。アメリカでも1%の大金持ちとそうでない人々との格差が広がっているという報道があります。そのためデモも起きているようです。「二極化」がさらに進むと必ず暴動が起こります。これは歴史が証明しています。

では、社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動の社会主義はいかがなものだろうか。資本主義の矛盾を批判し、これを克服して、新たな社会を建設しようとする思想や運動は人間社会を幸せにできるのだろうか。

これもまた、以前のソ連、現在の中国などを見ればよく分かります。であるならば、どのような世界観や主義主張が我々に幸せをもたらすのだろうか。今のところ私にも答えが見つからない。

ただ、私の考えるところの幸福感は、これらの資本主義や共産主義などの主義主張ではなく、別なところにあるのではないかと考えています。たとえば、高度な倫理観や規律の遵守、節度や高い道徳感、精神性、勤勉さ、社会への還元などが個人個人にあればどのような体制であっても人々は幸福になれるのではないだろうか。つまり、要は民度、素養の高さにあるのです。

世界中を見渡してこのような国があるのだろうか。もしあるとすれば、それは我々の国、日本であろう。世界中で、日本は世界で一番の長寿国であり、また最も豊かで、そして、とても安全な国である。はたしてそのような国が世界中を見渡してどこにあるのだろうか。最近は豊かであってもテロが横行し、安心していられない。

悲しいかな、日本人はそれを理解していないところがある。なぜだろうか。私が考えるに、それはさかのぼって第二次大戦後の自虐的歴史観にあるのではないかと考えます。日本人はもう少し自信を持つべきです。日本にはそれだけの歴史的背景がある国なのです。

最近、日本に海外からの観光客が大勢押し寄せていてます。日本再発見です。観光客からは伝統文化と近代文化が重なりあう「ふしぎな国」として、とても魅力のある国として見られているようです。

我々はとても魅力ある国に住んでいるのです。なぜ魅力的なのだろうか。それは、日本は世界で一番長い歴史を持つ国だからです。現在は西暦2017年ですが、日本には「皇紀」という暦があるのです。

「皇紀」とは、日本書紀の紀年に基づき、神武天皇即位の年を元年と定めた暦です。現在の西暦2017年を皇紀で表すと「皇紀2677年」となります。日本はそれだけ長い歴史を持つ国なのです。皇紀元年には、今のイギリスもフランスもドイツも、もちろんアメリカという国もなかったのです。

単一民族で世界一長い歴史を持つ日本では、人々が幸せに暮らすためにはどうすれば良いか、長い時間をかけて修練してきました。そして、現在の日本があります。災害国である日本では、先の震災でその対応に世界から賞賛されました。日本人は非常に民度の高い素養のある人種であることが証明されたわけです。

よって、前述しましたように、高度な倫理観や規律の遵守、節度や高い道徳感、精神性がある日本人が、これからの世界を自信を持ってリードしていくべきであると考えますが、いかがでしょうか。