時を待て

最近の株式市場の下落の理由として世界の中央銀行が金融政策を引き締めるとの見方が強まりつつあることが理由の一つだと米ニューヨーク連銀のダドリー総裁が述べた。「世界経済が非常に速いペースで成長しており、その結果として世界の金融当局が緩和策を解除し始めている、もしくは緩和解除の開始を検討しているという事実に市場が適応しつつあるのは明らかだ」と指摘した。よって、債券利回りは上昇し、そして利回り上昇に伴い株式市場への圧力が若干強まってきていると加えた。

株式市場の下落の指摘には非常に妥当な解説のように見受けられる。実際にその通りだろう。だが、なぜそれが今なのかを説明できる人はいない。仮想通貨の下落が要因であると言う人もいるが、実際のところは誰も分からない。

「良く当たる言われるエコノミスト」「大儲けしたと言われる投資家」「大儲け必勝法」などには多くのファン(信者)が集まる。ところが、これらを統計的な手法で検証すると、過去においてパフォーマンスが良かったものの、次の期間も続けてパフォーマンスが良いという検証データはない。これらはほとんど偶然に過ぎない。

市場変動はファンダメンタルズにあると言われているが、理論的にはその通りであろう。しかし、我々の扱う短期売買ではその理論も薄れてくる。短期売買での分析では需給関係や投資家の心理状態が大きく作用してくるのです。

株式市場は、短期的には市場参加者の楽観度合いと悲観度合いの変化を心理的に表したものであり、投資に心理的要素を無視する投資家は、最終的に敗者になってしまうだろう。

株式投資には「絶対」ということは無く、常に試行錯誤の中で売買を行なっている。不安の中での売買は、雑多な情報に振り回されることも多い。投資の世界は、孤独なビジネスの世界であり、何かを心のよりどころにしたくもなるものです。

投資の世界では、市場の分析以前に投資家自身の分析を行わなければいけない。知識や経験の度合いを理解しておかなければならない。また、間違いを犯すことことを恐れず、その間違いの原因を追究し理解することに意義がある。株式投資は、この間違いの是正の積み上げにより上達するのだが・・・。

結果的にはその通りだろうが、欲の絡んだ世界で孤独な売買を続けていると、知らないうちに考え方が曲がってしまう。人間である以上、失敗は繰り返される。悲しいかな、これは私自身にも言える。同じような失敗を何度も繰り返す。

私はこのような時に思い出す言葉がある。「負けの原因の多くは自滅である」。実際にはその通りであろう。特に相場においては・・・。誰しも理屈は分かっているができないのも人間の本性でもある。

また、「成功者とは多くの失敗を繰り返した者である。ただ、それをあきらめなかった者である。」とも言われている。しかし、理屈は分かっているが実践できない。投資を行う者は、常にこのようなジレンマに陥る。

このような場合、投資家はどのような対応をすべきだろうか。そのような時は、少し現場から離れて、それらに関係のないところに身をおくべきだろう。負け続ければ平常心も失うだろうから、少し冷却期間を置いて平常心を取り戻そうというものです。

私の語録に「時に、何もしないという選択肢もある。無理にあせって答えを出すことはない。時間を与えよ。」「悩んで、焦って結論を出すな。時が正しい答えを出す。焦れば必ず判断を間違える。時を待て。」とある。

また、物事がうまくいかないときには「失敗とは、あなたの行く道は、そちらではありませんよという暗示である。」と受け止めるているが、人間とは愚かなもので、長い人生を歩んできても同じ間違いを何度でも犯すもの。

今回の相場下落で頭を痛めている投資家もいることでしょう。そのような投資家に送る言葉。「人生とはぶっつけ本番、失敗するのは当たり前、くよくよせず立ち上がろう。」

自戒の念を込めて。

インタビューを受けて

先日、私が林投資研究所の林知之氏(林輝太郎氏のご子息)のインタビューに答えた記事が書籍として出版されました。タイトルは「億トレⅢ」でマイルストーン社、定価(本体2500円+税)。個人トレーダー10名の共著ですが、私の経歴や現在の売買状況などが掲載されています。

その一部をご紹介します。『』内は林氏の質問および感想です。

■林氏『先日、拝見した先物のシステムも、同じような緻密なポジションの取り方でしたね?』

株価指数の先物をトレードする場合、指数そのものの動きを見るのではなく、その指数を構成する個別銘柄すべての動きをチェックする必要がある、というのが私の考え方です。ロジックそのものは単純でいいのですが、ポジション操作を丁寧にすることが重要だと考えています。」
■林氏『するとポジションが0~100の間で非常に細かく動くと言うことですね』

どちらかがゼロになることはありませんが、売り買いの一方が90を超えるケースはあります。たとえばリーマンショックの時は売りが極端に多くなり、結果として大きくとることができました。多くの人は「損切り」とか「利食い」という観点を意識しすぎるかもしれませんね。「値動きに応じたポジション操作があるだけ」という考え方でいいのではないでしょうか。でも私のシステムは順張りなので、保合の相場に弱いのが欠点です。
■林氏『常に順張りですか?』

はい、そうです。手仕舞いとかドテンを前提にシステムで臨むと、必然的に順張りになると考えています。
■林氏『それには同意します。売り値が買い値より高くなければ利益になりませんが、「安く買って高く売る」では正しいポジションの取り方に結びつかないと思います。強い銘柄を、高くてもいいから買い、さらに高値で売る、ということですよね?』

それでは、まだ、弱いと思いますね。高く買って、さらに高値で買い乗せるんですよ。価格の推移とポジションの増加を、単純に図式で考えて見ましょう。「100円ごとに買い下がる」ルールだと、下がっていく中でポジションが膨らんでいき、どの時点でも評価損です。しかし「100円ごとに買い上がる」ルールならば、上がっていく相場に対してポジションを増やしながらも、評価益の状態が維持されます。私は、こういう考え方を基礎にして、現実の安全性を盛り込んだポジションの取り方を規定しているのです。狙い所にもよるのかもしれませんが、株の場合はこの考え方で正しいと思っています。評価損は多大なストレスを生みますが、評価益はハッピーな気分にしてくれますしね。
■林氏『なるほど、とても納得できますね。予測の的中率に限界がある以上、メンタル面は非常に重要です。』

私が「相場に向いていない」と感じるのは、感情をコントロールする能力が足りないという意味です。トレードのキモは、先見の明や分析力ではないし、情報収集力でもありません。ちまたの使いものにならないような指標は論外として、テクニカル分野においても、自分の感情をどうコントロールするかがカギになります。「トレードは、歓喜と絶望とストレス」という説明がありますが、まったくその通りだと思いますね。
■林氏『システムは、ストレスを軽減してくれますか?』

もちろんです。ストレスの問題を解決できず、トレードをやめようと何度も考えたのですが、「これしかない」という気持ちを続けながら、パソコンを使ってトレードシステムを確立することがストレスの軽減につながると気づいたのです。
■林氏のまとめ
『照沼氏は、最初から純粋な個人トレーダーとして研究を重ねてきたうえに、トレードシステム構築のために理論立てて考えてきた経験があるから、借りものではない言葉を発する、重みのある言葉で話す、というのが私の印象だ。やさしく穏やかな表情の中心にある2つの目には、嫌みのない輝きがある。比較するのも失礼だが、中途半端に金融の現場を経験した者たちの警戒心あふれる目つきとはまったく違う。このように立場や経験の異なる実践家との相場談義は、自分のことを再確認する最高の機会である。そして、照沼氏は、これからも長くおつき合いしたいと心から思える、魅力的な人物だ。』

収益の源泉

仮想通貨取引のコインチェック社で、顧客の預かり資産を引き出されるというニュースがあった。投資の世界では何があってもおかしくない。いつしか自分を見失い、暴走し破綻してしまうことのないようにしたいものです。特に需給関係のみで変動する理論のない取引には要注意です。

しかし、理論があるからと言って儲かるものでもありませんが「原因なくして結果なし」です。私たちの立場から考える投資(特に株式投資)とは、実体経済の二次的な要素であり、理論的には、その収益を実体経済以上に求めることはできないということです。理にかなわないものは、いずれ崩壊してしまうということになります。

一般に、株式投資は、今後成長が有望視される企業に株主として参加するわけです。投資した企業の利益の中から配当などを得て、さらにはキャピタルゲインによる収益の可能性が発生してきます。これらを含めて投資家の収益となるわけです。

反論もあると思いますが、私は「長期的な視点から捉えた場合、株式投資における投資利回りは、投資した企業の利益率を上回ることはない」と考えています。もちろん、一時的にキャピタルゲインなどで、投資した企業の利益率を上回ることもあると思いますが、長期的に見れば、それらを上回ることはないと考えています。

ですから、株式投資を長期的な視点で考えれば、企業の利益率より大きく上回り何倍もの収益を上げることはできない。なぜなら、投資投資は、実体経済である企業収益が主であり、我々投資家は従の関係にあり、投資家の収益の源泉は企業収益からとなるからです。長期的視点では、主従関係が逆転することはないと考えます。

このように、長期の視点で判断すれば、一時的な大儲けは間違い(偶然)であると言えるのではないでしょうか。このような考えに基づけば、一時的に大儲けした手法で継続運用すれば、その手法は間違(偶然)っているわけですから、いずれ同等、あるいはそれ以上のマイナスをもたらす結果になります。この点を十分理解してください。

欲張って、企業業績を上回る利益率を求めるため、大きなレバレッジをかけて収益を上げようと試みるも、最終的には、金融危機のように「信用バブル」を引き起こす結果になりかねません。注意が必要です。

以上のように、本来あるべき投資収益は投資家が思っているより大きくはないことを自覚しておかなければなりません。誰でも大儲けしたいと思うのはやまやまですが、たとえ大儲けできたとしても、それは偶然であり、その思考や手法が間違っていたと割り切って考えるべきです。

投資を客観的に、しかも冷静に考えればその通りなのですが、つい利益追求のみに走りそこに何かを忘れているような気もします。投資家の収益の源泉は何であるかを忘れてはなりません。

信用バブル

アメリカの株価は2008年のリーマンショック以降、金融緩和もあって回復基調を続けいますが、各方面から「もうバブルではないのか」「いやまだまだだ」などの声が聞こえてきます。相場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」とありますが、どうなりますか・・・。いずれにしても、常に危機管理対策は講じておかなければなりません。

さて、金融危機の要因である「信用バブル」とはどのようなものなのか。それは、「お金を借りて、それを元手にお金儲けをしよう」という文化が行き過ぎた結果と考えればよいでしょう。

日本のバブル崩壊も金融バブルから不動産バブルとなり崩壊しています。不動産が上昇している間は借金して購入しても利益になります。当時の日本は一億総不動産屋といわれた時代でした。

要するに「レバレッジ」の大衆化です。レバレッジの大衆化は、まずリーマンのような「投資銀行」というビジネスが先鞭をつけ、続いて「ヘッジ・ファンド」の大衆化、そして「投資目的の不動産購入」の大衆化、さらにFX(為替証拠金取引)のような「レバレッジをかけた投資」の大衆化ではなかっただろうか。

このように、本来かなりリスクのある投資を、普通の人が普通に誰でもやれるようになったことが「信用バブル」と定義付けられると思います。翻れば、これは「普通の人の危険なビジネスに金融機関が加担してお金を貸すようになった」ということでもあります。

このような「信用バブル」の文化の行き過ぎが行くところまで行った結果が、リーマン・ブラザースのような投資銀行が、この大衆化の過程でお金をどんどん出していった結果です。

サブ・プライムローンは「普通の人が不動産投資をするような時代となり、貧しい人々でも高金利で家が買えるようにするのが良い」という誤解された「文化」の生み出した商品のひとつに過ぎません。

ただ、これは金融だけの問題ではありません。世界中であらゆる方面にゆがみやひずみが噴出しています。産業資本主義と金融資本主義の間のひずみ、グローバルに活動する企業と政府の間のひずみ、先進国と新興国や資源国のひずみ。これらの問題が引き金となって引き起こされます。今後、世界はこれらのさまざまな問題に対処しなくてはならなくなります。

このようにグローバル化された米国流の行き過ぎた金融資本主義は、本来の人間社会の秩序を乱し、そして限界を示し、もはや続かないと考えたトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げ、国内回帰を宣言しています。

我々投資家は、リスクを承知で投資活動を行っています。投資も撤退も自由です。しかし、企業における人材は、投資家の立場とは異なり、企業にすべての生活がかかっています。祭りの神輿も担ぎ手がなければ動くこともできません。

人口や企業が生み出す富など実物経済に限りがある以上、金融ビジネスにも限界があります。株式投資において、配当以上の収益にはリスクが存在することを絶対に忘れてはいけません。

我々投資家も秩序ある投資スタンスで活動していきたいものです。

ブームはバブル

最近は仮想通貨(ビットコインなど)が話題になっています。CMなども盛んに行われています。相場の世界には「投資経験のない人まで投資を始めたところが天井である」という話もあるのだが・・・。

仮想通貨とは『特定の国家による価値の保証のない通貨であり、主にインターネット上で「お金」のようにやりとりされ、専門取引所などで円、ドル、ユーロ、人民元などの法定通貨と交換することで入手でき、一部の商品やサービスの決済に利用できる。紙幣や硬貨のような目に見える形では存在せず、電子データとして存在し、不正防止のために暗号技術を用い、ネット上の複数コンピュータで記録を共有・相互監視するブロックチェーンで管理されている。このため仮想通貨は「デジタル通貨」「暗号通貨」と呼ばれる。』とある。

つまり、仮想通貨は「価値の保証のない通貨」である。しかし、一般的な投資対象(株や為替など)も価格の保証はない。では、仮想通貨と株式投資はどこが違うのだろうか。仮想通貨も需給関係で変動するが、需給関係が発生する要因は何であろうか。

仮想通貨は、海外などへの送金や決済時の手数料が安くすむほか、送金・決済時間を大幅に短縮できるなどのメリットはあるが、一方、法律に基づく監視の目が届きにくいため、違法取引、脱税、資金洗浄(マネー・ロンダリング)に利用されやすくなる。このように仮想通貨は、まだ熟成されていない発展途上のシステムのようにも見える。

これらの問題について、ある経済評論家と話をした。彼は「仮想通貨は利用者の信用のみに基づいているので、まったく価値がなくなるリスクもある」と言っていた。やはり投資の最終的なよりどころは、株式投資だろうとも言っていた。

仮想通貨のチャートを見ると、中国の株価が天井を打った2015年のチャートのようにも見える。中国の株価は当局の統制が入り、3000ポイント台をキープしているようだが・・・。

話題は少し変わりますが、仮想通貨のような指数をそのままテクニカル分析で判断するのは非常に危険です。大体は失敗するだろう。日経平均やTOPIXなどの指数のみで分析することも危険です。つまり、ひとつの時系列データのみを分析して、それらを売買に利用することは、そこに理論的根拠がないような気がします。

そこで私に質問があった「あなたは先物の売買をしているようだが、先物も指数であり、ひとつの時系列データのみで分析して売買しているのでは」と。そこで私は、「ひとつの時系列データのみ分析しているのではありません」と答えた。

その理由として、私の先物売買は先物の時系列データのみで分析しているのではなく、先物を構成している銘柄、たとえば日経平均先物であれば、これらを構成している225銘柄を分析し、または、TOPIX先物であれば、これらを構成している2、000銘柄を個々に分析し、それらを集計して、その結果により売買の判定を下しているのです。決して、時系列データのみで分析して売買しているのではありません。売買は先物であるものの、売買は個別銘柄の売買のようなものです。

「根拠の軽薄なものに対しては、結果はさらに軽薄なものとなる」と言うことです。系列データのみで分析では、その根拠が軽薄なものとなります。ですから、私は為替取引や仮想通貨取引はやらないのです。

ある投資家が言っていました。株式投資で投資金が半分になり、資金か少なくなってしまったので為替の取引をして資金はさらに半分となった。資金がなくなり仮想通貨取引を始めたもののタイミングが悪く、暴落に巻き込まれ投資資金はパーになってしまったとぼやいていた。

常識的なことですが、ブームだからといってあまり分からないものには手を出さないことです。楽して儲かることはないのです。「ブームはバブル」なのですから。