ギャンの投資手法

私は常々「ブームはバブル」と述べています。投資体験の長い方には理解いただけると思います。これは投資の世界に限ったことではなく、あらゆる経済活動や一般社会にも言えることです。

最近のブームと言えばやはり仮想通貨でしょうか。ある米国の経済学者が述べていました。「我々の考えでは、ビットコインの内在的価値はゼロだ」とし、「例えば国債や株式、紙幣にはそれに対して支払いの義務を持つ対象があるが、ビットコインにはない。ビットコインは収入も生み出さない」と論じた。

そして、ビットコインは資産バブルの本質的な基準を全て満たしていると分析。過剰取引や「新時代」的考え方、高いレバレッジを挙げ、教科書通りのバブルだと指摘。「恐らく今にもはじけるところだ」と記した。仮想通貨ビットコインのバブルがはじけるのは時間の問題。ビットコインは本質的に無価値だからだと述べている。

投資とは自己責任であるが、ビットコインの内在的価値はゼロであるならば、これを投資と言えるのだろうか。ギャンブルと投資は根本的に異なるはずです。Googleが仮想通貨の広告を2018年6月から禁止する。

さて、私は最近、積み上がっていた本棚を整理した。私の本棚には3種類の本しかない。「投資関係」「パソコン関係」それと「心理学」の3種類です。少し整理して処分しようかと思ったが、今は役に立たない本でもなかなか思い入れがあって捨てられない。

投資初心者向けの書籍もあるので、これらは処分しても良いと思った。しかし、心理学の書籍は捨てられなかった。投資で苦しんでいたときの思い出がよみがえり、大いに癒されたこともあったので処分しきれないでいる。そろそろ断捨離の年代でもあるのだが・・・。

本の整理をしていたら分厚い懐かしい本が出てきた。それは「W、D、ギャン」の著作集であった。だいぶ昔に読んだ記憶はあったが内容は忘れていた。そこでペラペラとめくってみた。

ギャンは1878年にテキサスの綿花農家に生まれ、家業を継ぐことなく投資家となった。1929年のNY株式大暴落など数々の相場を体験し、1900年前半に活躍した伝説のトレーダーである。

著書にはギャンの投資理論にはいくつかの法則が書いてあった。それを一項目ずつ読み返してみた。そして、現在の自分の投資法と比較してみた。

法則の内容をいくつか紹介してみましょう。

① 投資金は一度に全部投資せず、小額から運用する。
② ストップロスオーダー(逆指値注文)を使い、損失は最小限に抑える。
③ 過剰取引はしない。資金配分を守る。
④ 含み益が出たら利益を減らさないように逆指値を上げていく。
⑤ トレンドには逆らわない。
⑥ 迷ったときは手仕舞い、ポジションを解消する。
⑦ 値動きがあり、売買が活発な銘柄(市場)で取引を行う。
⑧ リスクを避けるために、分散投資をする。
⑨ 指値注文ではなく、すべて成り行き注文で売買する。
⑩ 根拠のない理由で手仕舞いしない。
⑪ 買い乗せ(売り乗せ)のタイミングに注意する。
⑫ ナンピンはしない。ナンピンはトレーダーの最大の誤りである。
⑬ 小さな儲けと大きな損は避ける。(損小利大)
⑭ 建玉と同時に逆指値を行い、これをキャンセルしない。
⑮ 極端に頻繁な売買は避ける。
⑯ 買いだけでなく空売り(信用売り)も積極的に活用する。
⑰ 値ごろ感にとらわれない。安い(高い)という理由で買って(売って)はならない。
⑱ 明確な理由なしにポジションを変えてはいけない。
⑲ 相場の天井、底を闇雲に決め付けない。
⑳ 他人の助言を鵜呑みにしない。自分で研究し、自分のルールを持つ。

など。

大筋では私の投資に対する考え方と大差はなかった。また、当欄に解説している内容にも合致する。

特に「⑤トレンドには逆らわない」「⑨指値注文ではなく、すべて成り行き注文で売買する」「⑫ナンピンはしない」「⑬小さな儲けと大きな損は避ける。(損小利大)」「⑯買いだけでなく空売り(信用売り)も積極的に活用する」「⑳他人の助言を鵜呑みにしない。自分で研究し、自分のルールを持つ」などは当欄で何度も解説している内容である。

ギャンの投資手法に異論を唱える投資家もいるだろうが、投資の世界に長い間身をおいている私にも共感できる内容であり、投資家の皆さんにもぜひお勧めしたい項目も多い。ご参考までに。

相場の真実

投資家は常に理想と現実の狭間で悩んでいる。理想とは「このくらい儲けられればいいんだがなあ」との期待感です。現実とは、理想と現在の自分の成績のギャップにある。また、投資家には自分の考えは常に正しいというプライドがあるため、成果によっては、そのプライドが傷つけられることがあります。

このように投資家は常にジレンマと自己矛盾の中で格闘しています。これらの問題を解決する方法はないのだろうか。ジレンマと自己矛盾が続けばいずれ疲弊して市場から退場することになるだろうから・・・。

多くの投資家はこのような問題を抱えながら投資活動を行っているわけですが、これらの問題を原点に立ち返り考えてみる必要があるのではないでしょうか。

当欄の解説は、主に投資家の心理面や投資技術を主体として解説しています。心理面においては、私自身の長い投資経験から解説していますが、投資の苦悩や悩みは投資家であれば共通した内容であり、当たらずも遠からずといったところではないでしょうか。

また、投資技術面では、徹底的に膨大なシミュレーションを行った結果をベースにして、できるだけ主観を交えず解説しているつもりです。

そこで、今回は投資家のジレンマと自己矛盾を軽減するために、投資技術と投資家心理の両面から解説したいと思います。私は極論ではありますが常に「投資の常識は非常識」と述べています。これらについては私自身の主観的な考えではなく、検証の結果得られた数値に基づいて客観的に解説をしているだけです。

ある検証を試みました。日経平均を日足ベースで過去1991年1月4日から2018年3月9日まで約27年間の検証です。日足ベースでローソク足の陽線と陰線の数を比較してみました。この27年間の株価変動はW型となっており、検証データとしては適しているのではないかと思います。

さて結果ですが、結果は27年間で陽線の数は3241本、陰線の数は3436本であった。陽線の比率は全体の48.53%となった。ちなみにTOPIXにおいては48.75%であり日経平均と大差はなかった。また、個別銘柄(約4000銘柄)を検証しても同様の結果となった。これは何を意味するのだろうか。

この結果の意味するところは、つまり「上げ、下げの確率は50%前後に収斂する」ということではないだろうか。これがまさしく相場の現実であり、真実ではないだろうか。

この結果から考えと、相場の勝率は50%前後であると言えないだろうか。私が常々述べている「相場の勝率は50%前後に収斂する」ということは、これらの検証を経た結果を解説しているに過ぎないのです。

もしこれらを相場の真実とすれば、実践においても勝率は50%前後であることを基本として考えなければいけないのではないだろうか。真実を受け入れることは、時としてとても辛いことではあるのだが。

もし、分析システムを採用する場合「この分析システムの勝率は50%前後ですよ」と言われれば採用する人はいないだろう。もちろん相場の真実を知らない投資家なのだろうが・・・。

反対に「この分析システムの勝率は80%以上ですよ。絶対に儲かりますよ」と聞かされれば気持ちもグラッとするだろう。しかし、私に言わせれば「勝率80%以上」などは、最適化された「捏造」と言ってもよいくらいだ。

冒頭に述べましたように「理想と現実の狭間」は、このような原因により起こるもので、理想を追い求める気持ちは分かりますが、現実に優るものはないのです。理想を追いあらゆる投資手法を探し回っても桃源郷はないのです。現実から目を背けてはいけない。

現実的には、勝率50%前後をベースに投資手法の構築を行わなければなりません。しかしながら、勝率50%前後で実践に入ると、頭では理解しつつも体感的にはかなりきつい感じがします。

実際、私自身が運用しているシステムも、その勝率は50%前後でしかないのです。そのため、損切りが続けば理屈は分かっていても落ち込みます。これがまさしく現実なのです。これが相場の世界なのです。

投資家には、さらに辛い出来事があります。それは勝率50%前後の中に「損切り」が入ってくるのです。損切りなくして利益なしです。このように相場の世界は非常に厳しい世界であることを認識してスタートしなければなりません。

そこで、素朴な疑問が湧いてきます。それは「勝率50%前後では儲けが出ないじゃないか」という疑問です。まさにその通りです。勝率50%前後では利益は出ません。

しかし、ただひとつだけ勝率50%前後でも利益を生む方法があるのです。それは損切りすることです。損失を限定することです。相場に必勝法があるとすればこれだけです。他に必勝法は絶対ありません。私はあまり断定的な解説はしませんが、これだけは間違いないところです。真実です。

あるとすれば、たまたまや偶然でしかないのです。長い間投資活動を実践すれば偶然などは一過性のものです。「昔は儲けたこともあったのに・・・」とは、この類でしかないのです。かつてカリスマ投資家と言われた人たちもこの類なのです。

現実、真実から目を背けているから投資家の苦悩は続くのです。現実、真実と向き合うのは、時として辛く痛みを伴うこともあります。しかし、拒否すればいつまでも苦悩は続きます。これが現在の投資家の現状ではないでしょうか。

現実、真実はありのまま受け入れ、苦悩から開放されるべきです。

少数派

投資家は常に不安の中にいます。下げても不安、上げても不安になるから不思議です。そのような時、投資家はどのような行動をとるのでしょうか。頭を抱えてウツ状態になっている人もいるかも知れません。あるいは、その不安を解消しようとあらゆるメディアを検索し、その情報収集に必死になっている人もいるようです。

これらは不安から生ずる当然の無意識な行動であり、メンタル面での不安を解消するのには、ある程度の効果があると思われますが、根本的な解決には至らないような気がします。

しかし、情報化社会となった現在では、それらの情報が氾濫し、その真偽のほどを確かめるのも難しいものです。これらの情報は、受け取る側の状況や心理状態によって大きく変わってしまうものです。

あまりにも大きな損失を被り、パニック状態のところに「この銘柄で一発逆転」などの記事があれば、ついつい見入ってしまうのではないでしょうか。人間は、言葉で聞くより活字になった情報を信じる傾向が強いとも言われています。

ある記事に「大きく下がれば下がるほどチャンスは大きくなるので、株式市場が大きく下がったら目をつぶって買うという投資戦略を取るのが、相場の鉄則ということになる」とあった。このようなとんでもない記事には驚いた。名前を明記して書いていただきたいものです。無責任極まりない。

不安を解消するのに情報収集をすることは良いと思いますが、その際には、情報を受け取る側が常に客観的で冷静な状態でなければ正しい判断ができないと考えます。しかし、損失が増大して「客観的で冷静な」といわれても無理な話である。冷静でない不安な状況であるから情報収集に走るわけですから、ここに矛盾が生じてくるわけです。

矛盾は悪循環を引き起こすことになります。悪循環は、投資の世界においては損失を意味することになります。

一般的に問題を解決・決断する場合には、プラスの面とマイナスの面の両方から判断しなくてはなりません。株式投資の場合は、たとえば「ここは大底だから買いに入ろう」と判断した場合、情報収集も自分にプラスの情報を意識的に見るようになってしまいます。しかし、投資にはリスクもあるわけですから、万一、反対の展開になったら「このようにしよう」という対策も同時に取っておかなければなりません。

要するに、投資家は中立的な立場から市場を判断しなくてはならないということです。さらに言えば、できるだけ少数派の意見にも耳を傾けなければなりません。特に相場の世界の情報は、市場の動向に追従し、振り回されて極論に走る傾向があるため注意しなければなりません。

私は常に相場の世界から社会を見ています。すると、一般社会にも大きな矛盾があることが良く分かります。感じることは、現在の社会は情報化社会であり、その多くはマスメディアからの情報であり、これらのマスメディアの報道の仕方によっては、善悪は別としても社会を大きく変化させてしまうことにもなります。

たとえば、現在大きな社会問題となっているのは地球温暖化の問題です。誰しも環境問題に関心があり、二酸化炭素の削減に関心を持っています。また、個々では禁煙問題などがあります。

これらの問題についても少数ながら異なる意見があることをご存知でしょうか。二酸化炭素問題では「人類排出の二酸化炭素による温室効果より、太陽活動の変化など自然由来の原因の方が大きそうだ。IPCCは、人類排出の二酸化炭素が主因だと断定しているが、これは間違った結論だ」というものである。

また、禁煙問題では「最近は禁煙ブームで喫煙率は下がっているのに、肺がんが増加しているということはどのように説明するのか。」などである。いつの時代も少数派の意見は異端扱いされています。

以上のように、今騒がれている問題に対しても異なる意見もあるわけです。我々投資家においても、マスメディアなどの情報に振り回されることなく、自分で考えて、自分で体験して、自分なりの投資スタイルで挑みたいものです。

投資で成功している人は少ないのです。成功している人が少ないということは、成功者は少数派であることになります。一般に少数派は時に非難を浴びることもありますが、少数派が常に間違いである根拠はないのです。

投資成績が芳しくないときは、苦痛であり何かに頼りたくもなるものです。このようなときほど責任を取らないマスメディアの情報などを鵜呑みにすることなく、自分の今までの投資スタイルを検証し、原点に立ち戻り考え直してみることです。マスメディアの情報は「大多数」であることを認識すべきです。

投資の世界で利益を上げ続けられるということは、翻って、大きな損を経験し、それらを苦悩の末に乗り切った先にあるものです。最初から勝ち続けるような投資家は、結局どこかでやられてしまいます。しかも最初に負けた投資家よりも大きくやられることになるのです。負けることは決して嬉しいことではありませんが、負けることも時として必要であると思います。

自分の考えで判断することは、そこに成長があるということです。

投資での痛手

投資で失敗するともう投資関連のニュースも聞きたくない。特に最近の仮想通貨の混乱ではかなりの痛手を負った投資家も多かったのではないでしょうか。「仕事も手につかないし、もう立ち上がる元気もないよ。もうおしまいだー・・・」と嘆いていた友人がいる。

市場が大きく変動すると投資家は大なり小なり同じような状況ではなかったのではないでしょうか。そして、市場から去っていった投資家も少なくなかったかと思います。市場から退場したものの、残ったのは大きく評価損となった塩漬け銘柄のみだったのではないだろうか。

「相場はもうこりごりだ、相場は今後二度とやらない、大失敗だった」と退場していく。退場したら証券会社や投資アドバイザーからのメールマガジンも必要ない。株式投資に関するすべてをシャットアウトしてしまう。その気持ちはよく分かります。私自身も過去にこのような状況は何度も味わってきたので心情は理解できます。

長く相場を見てきた私としては、このようなことは周期的に起こるものであり、時代が変わっても市場への入場、退場など何も変わっていないと感じています。そう言う意味では、歴史は繰り返されるということなのだろうか。

面白いことに「株は今後二度とやらない」と断言した投資家ほど、相場が上昇してくるとムラムラして「もう一回だけチャレンジしてみようか」となる。相場が上昇したところで買いに入るため、また高値掴みとなる。これも昔と変わらない。

はたして株式投資での失敗は、本当の意味での失敗なのだろうか。投資の世界では常に失敗は付きまとうし、長年投資活動をしてきても損からは逃れられない。そこで、私なりに「投資での失敗」についての考えてみた。

以前にも解説しましたが、株式投資における初心者の売買は、赤ん坊がはいはい歩きから立って歩くまでと同じではないかと考えます。赤ん坊は立ち上がって歩けるようになるまで、何度もつまづき転んで柱に頭をぶつけて大泣きしながらそれでも懸命に立ち上がろうとします。

赤ん坊がよろめいたり、つまづいたりするからといって、誰もその子をしかりつけたりはしないでしょう。その動作一つ一つが歩くことを覚えるための必要な正常な過程なのです。

もし、立ち上がって歩けるようなったことを「成功」と呼ぶならば、歩き始めの段階で転んだりすることを「失敗」と呼ぶでしょうか。転んだり、つまずいたりすることは「成功」するためのプロセスに過ぎないのではないでしょうか。

何度もつまづき転んで痛い思いしたことは、潜在意識に格納されて、大人になっても「転ぶと痛い」という意識が無意識に働き、注意して歩くようになるのです。大人になっても転ぶときはあるでしょう。しかし、大怪我をしないように手でサポートするはずです。

このようなことから、投資での失敗は投資で成功するための訓練課程であり、ある意味では成長するために必要不可欠なプロセスと捉えることはできないでしょうか。何事も一朝一夕では成し遂げられないものですから・・・。

相場格言に「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言があります。これらとはちょっと意味合いは違うかもしれませんが「もうダメだは、まだまだである」と考えるべきです。「もうダメだ」という冷静な判断ができているうちは、まだ余裕がある証拠です。本当にダメな時は、思考能力が失われ放心状態になるはずですから・・・。

もし、被害を被った投資家であっても再度立ち上がる勇気、気力があれば今までの失敗の原因を調査したのちに果敢にチャレンジしていただきたい。長い期間投資活動を止めて、再活動をする時は、すべてゼロからのスタートとなります。ゼロからの再スタートはかなりのエネルギーを必要とします。

逃げては何も残りません。逃げてもまた元のところに戻るだけです。今逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要となります。何事にも逃げずに困難に立ち向かうべきです。相場は続けるものです。