安易に参入するべからず

日本の高度成長期を支えてきた団塊の世代はシルバー世代となりましたが、彼らは今何をしているのでしょうか。第一線でバリバリ働いていた世代がリタイヤした後に何を考え、今後どのような生活をするのでしょうか。

私が見ている限りでは退職後はまずゴルフ。そのゴルフのコンペも勤務していた会社の退職者のグループが中心です。序列も会社の組織のままです。すでに退職しているのに、呼び名は「部長」「課長」です。ちょっと滑稽ですが・・・。

ゴルフの次は旅行です。今までは仕事が忙しく、妻との旅行もままならなかったため、妻に感謝を込めて、ここで一気に旅行に出かけます。旅行先で妻は元気だが、夫は疲れ気味。

一般に、旅行は新しい発見や感動を求めるのですが、疲れきった抜け殻のシルバー世代では、旅行も疲れに行くようなもの(妻は除く)。旅行はやはり若いうちに行くべきですね。

そうこうするうちに、ゴルフのお呼びもかからなくなり自宅で趣味などと考えるも集中力がなくなり続かない。奥さんはいつも元気に友達と旅行やカルチャースクールなどに出かけている。いつの日からか妻と夫の立場が逆転している。

しかし、どのような状態となっても生活していかなければならない。生活していくには当然ながらお金が必要です。これらは、退職金や今後の年金などでまかなうことになると思いますが、これだけでは少々不安が残るという方も多いようです。少子化や年金問題などもありますので・・・。

これらを解決すべく、資金の運用を考えている方も多いと思います。現在は低金利時代のため、まず、国債などの債権や投資信託、株式投資、FX、商品投資などで効率的な運用を考えます。

FX、商品投資は別として、多くは、その運用先を投資信託や株式投資に求めるようです。積極的に運用を考えるならば、やはり株式投資になるのではないでしょうか。しかし、しかし・・・。

私にもこれらの相談が寄せられることがあります。「退職金を元に株式投資を始めたいのだが・・・」などです。「投資知識はありますか」とたずねると、ほとんどの方は「だいぶ勉強したし、知識はあります」と自信たっぷりの様子。

しかし、いくつかの質問をすると、まったく返事が返ってこない。今までの会社での役職などもあり、非常にプライドを持っているようであったのだが・・・。プライドが高い人ほど相場は下手というデータもあるようですのでご注意を。

そのような方のプライドを傷つけるようで大変申し訳ないのですが、私は、はっきりと「やめた方がいいですよ」と申し上げています。今後の生活のよりどころとなる退職金がなくなってしまうことが目に見えているからです。

一般に、株式市場に参入すると自分の今までの経験から投資の世界でも成功するのではないかと容易に考えてしまうようです。ちょっと待ってください!!。相場の世界は、会社で学んだことやプライド、一般常識が通用する世界ではないことを知っていますか・・・。

このような話をしても本人は馬耳東風。「今がまたとないチャンスなのに、やめとけとは何事だ」と反対に怒られてしまうしだいです。何をか言わんやである。

私自身の話で恐縮ですが、私自身も今まで大きな失敗を二度ほど経験しています。一度目は、誰でも経験することでもありますが、株式投資を始めた初心者であったころです。何も分からず、闇雲に売買して資金が膨らんだときに暴落にあい、やむなく投げたところが大底だったときです。

二度目は、ある程度経験を積んで自信がついてきてからです。慢心し天狗になってしまったのです。怖いもの知らずだった時代です。「おごれる者、久しからず」と言われるように、結局、そこでまた大きなダメージを受けてしまったのです。

以上のように、株式投資を専門として志す者にとっても、何度かの挫折や試練はついて回るものです。退路を断って、これらを乗り越える勇気がなければ投資の世界で生き残ることはできません。新規に参入される方は、もう一度、これらの点について考えられてはいかがでしょうか。

リタイヤ後の資金運用は誰でも考えることです。しかし、安易な考えで市場に参入すると返り討ちにあうことにもなります。あえて、何もしないという選択肢もあることも考えの中に入れておくべきです。

最低でも5年は辛抱できる心構えと資金を持たなければ、投資の世界に参入すべきではないと考えます。その覚悟ができなければやめるべきです。私自身を含め、多くの投資家を見てきた結論です。

最後に注意をもうひとつ。投資関係でも何でも同様ですが、人が勧める話には乗らないこと。執拗に勧めるということは、勧める人が儲かるから勧めるのであって、勧められた側は損をすることになるのですから・・・。


損切りできない理由

私の投資スタイルは相場の変動に係わらず常に一貫しています。軸はブレていないはずです。相場の乱高下に対しても「ヘッジ」「分散」「ロスカット」の基本スタンスを持って対処すれば、何も怖くはないはずです。あとは実行あるのみです。

株式投資の初心者でもない限り、これらの基本スタンスは理解しているはずです。特に、ロスカットなどの必要性は誰でも知るところです。しかし、わかってはいるができないのも投資の世界です。

くどくどと何度も同じことを申し上げるようですが、わかってはいるができないのです。では、これらの決断をスムースにできる方法はないのでしょうか。知識があっても最後に腰砕けとなっては、すべてがご破算になってしまいます。

これらの決断をできるようにするため、精神修行でもしますか?。実際に、これらの修行を行った投資家もいるようですが、このような精神修行を行っても相場にはまったく通用しません。投資の世界は一般社会と異なり、別次元のものなのですから・・・。

テクニカル分析を採用している投資家は、まず株価チャートを見ます。そして、あらゆる角度から検討し仕掛けの決断をし、仕掛けに入ります。ここまでは、あまり悩むことはないようです。同時に損切り幅の設定などもします。

仕掛けが無事済むと、毎日株価チャートを眺めて、あれこれと独り言を言います。ここで、株価が仕掛け値を割り込むようなことがあれば、頭を抱えながら沈黙します。そして、気を取り直して問題点を洗いなおします。「業績には問題ないので、一時的な現象か、それとも・・・」。

しかし、仕掛け値を大きく切ってくると考えが一変します。まず、当初設定した損切り幅と見比べます。「まだ損切りのラインまできていないので・・・」。しかし、非情にも損切りラインを大幅に下回ってくると「損切りしなければいけないのは分かっているのだが・・・」となり、自分を納得させるかのように、あれこれと損切りしない理由を捜し求めます。「ここの下値抵抗線まで頑張ってみよう」などと。

これらの損切りが1、2銘柄程度ならあまり悩まずできるでしょう。しかし、大暴落のように、持ち株すべてが一挙に損切りラインを通過してしまうとパニックに陥ってしまいます。

一般的には、このような状況でなぜ損切りができないのでしよう。今度こそはと思ってもなぜかできないのです。これらを解決する方法はひとつあります。それは、仕掛け時に逆指値の注文を同時に出しておくことです。しかし、せっかく逆指値をしても、あれこれ迷って変更したり取り消したりしては元も子もないのですが・・。

また、損切りが実行できない理由として、これは誰でもすることですが、仕掛け後に仕掛け銘柄の推移を株価チャートで見続けるということも原因のひとつとして上げられます。これらは心理面からですが、仕掛け後の株価の推移を見続けると、どうしてもその銘柄に思い入れが強くなり、何かの理由をつけて損切りができなくなってしまうという投資家特有の心理が働くようです。いずれにしても、損切りができて初めて利益の出せる中級者となれるわけですから・・・。

これらの問題を振り返ってみると、まず、「損切りは機械的に逆指値で注文をしておく」については、仕掛け後は投資家の感情は一切入らない。また、株価チャートなどを見続けると感情的な思い入れが強くなり、損切りができなくなるので、「感情を排除するためできるだけ株価チャートは見ないことにする」。見るのは終値だけ。つまり、これらは投資家の感情を排除して機械的に損切り処理を行うということに他なりません。

と言うことは、投資家の感情を断ち切るほど相場はうまくいくということになりませんか。逆に言えば、機械的売買が成功への近道と言うことになりませんか。相場で一番難しいことは「投資家の感情のコントロール」であるということは何度も述べています。

少々強引な結論ですが、投資の究極は、投資家の感情を排したシステム売買に行き着くものと考えます。たとえ、裁量的な売買であっても、確たるルールと揺るぎない決断力があれば、それも立派なシステム売買と言えるのではないでしょうか。

嘆き

相場が下がると「株で損をした」「塩漬けで動きが取れない」「投資金が半減してしまった」「株はもうこりごりだ」などの嘆きの声が聞こえてくる。相場が下落すればいつものことである。

投資家は、これらの対策に頭を痛めているようです。その対策も各自各様であると思いますが、何か基本的なことが忘れているような気がします。

これは個人投資家と話してみるとよく分かります。私だけが感じることかもしれませんが、皆さん一様に社会的に人格者のように思います。社会的な知識や常識も持ち合わせており、それなりの道を全うしてきた方が多いようです。

以前にも「相場の世界は一般社会と大きく異なる」というコメントをしましたが、社会的な地位もあり人格者と言われている人であっても、いざ相場の世界に入ると赤子のようになってしまうようです。何がそうさせるのでしょうか。

これは、何度も解説しているので改めて説明はしませんが、結局は「何かが間違っている」ということです。失敗の原因は「間違い」により引き起こされるものです。とすれば、その「間違い」を正せばよいわけです。

「間違い」を正すことにより、現在のような状況は回避されるはずです。しかし、相場の世界は特殊な世界であり、多くの投資家は、その「間違い」すら気づかないようです。たとえ気づいたとしてもその対策がわからない。対策を知っていても感情が邪魔をして実行できないなど。

私は個人投資家から質問を受けることがあります。これらに対し、速やかに返事しているつもりですが、その内容については、一般社会ではあまり取り交さない質問もあります。

たとえば「株で損をしてしまった。どうしたらよいか教えてくれ」等の質問もあり、これらの質問に対してどのように返事してよいか困惑してしまいます。やむを得ないことかもしれませんが、あまりにも幼稚すぎませんか。常識をわきまえた人格者がするような質問ではないような気もするのですが・・・。

投資の世界は「自己責任」であることは誰でも知るところですが、株式投資には、ライセンスが必要ありません。投資資金さえあれば知識や技術がなくても市場に参入できます。知識や技術がなければ当然負けることになります。

修羅の世界でもある投資市場に、何の武器(知識・技術)を持たず参戦するのはあまりにも無謀すぎます。市場には、大量の資金を抱えたプロ集団が存在します。これらに対して無防備なよちよち歩きのひよこが入ってくると当然ながらパクリと。

ここで私が申し上げたいのは、個人投資家が市場で運用しようとする投資資金は、それなりに苦労と時間をかけて積み上げてきたものであると思います。そのような大事な虎の子を安易に大きなリスクに晒すようなことはしないでほしい。投資資金をもっと大事にしてほしいのです。

もっと勉強するべきです。そしてレベルアップしてください。理論武装してから戦いに挑みましょう。安易な宣伝や情報などに振り回され、大事な投資金を失わないようにしていただきたい。投資の本質を理解していただきたい。

そして、投資の決断するとき自分自身に問いかけてください。「今、自分は冷静であるか」と。周りの雑音に振り回され自分を見失うことのないように、そして最終決断は必ず自分の意思で行ってください。

投資の世界では最後に頼れるものは自分自身しかいないのです。誰も助けてはくれません。嘆き悲しむ前に、これらのことをしっかり肝に銘じて取り掛かってください。

しかしながら・・・、
投資の世界では、まず、その理論や売買術をマスターすべきと論じられています。これらは正しく、理論や技売買術は武器であり、これらは戦いに勝つための大きな要因になります。しかし、私は長い間、投資の世界を見てきた中でもっと重要な要因があることを学びました。

突然、人間が究極の選択を迫られた場合、目の前でフラッシュをたかれた時のように一瞬何も見えなくなってしまう時があります。このときに、どのように考え、どのような行動をとるか。そのときの判断によって、その後の状況が大きく変わってしまうことがあります。

これらは、学習しても学べるものではなく、本人の持っている「何か」によって決定されるものです。投資の世界では、このような人間の奥深い所まで入り込んでくることを理解しておかなければなりません。

これらは投資家自身の本質的な問題です。十分な理論や売買術を持っていても落とし穴に落ちてしまうような。一歩踏み外すと戻ることができないような。それらが何であるかお分かりいただけると思いますが・・・。たとえプロのトレーダーであっても避けて通れない道なのかもしれません。

このように、投資の世界は甘い世界ではありません。一般社会より厳しい世界です。投資知識を学び、売買技術を習得し、そして、自分自身の本質的な性格を理解して取り組まなければならないことをしっかりと認識していただきたい。

怪しいやつ

以前、政府は個人マネーを株式市場に呼び込むため、「貯蓄から投資へ」とのスローガンを掲げていた。しかし、ある政治家から「株をやっていると、何となく怪しい(と思われる)」との発言があった。

私は怪しいやつなのか・・・。「怪しいやつ、信用できないやつ」は、本当は君たち政治家じゃないの。

しかしながら、ある意味では的を得ている発言でもあったと思います。前回コメントした内容のとおり、実際、日本人の株式投資家に対する認知度はその程度なのでしょう。私の感想としては、悔しくもあり情けなくもありです。

なぜ日本の投資家は、世間一般から「怪しいやつ、信用できないやつ」などとさげすまれた目で見られるのでしょうか。なぜ、投資家は信用に値しないのでしょうか。欧米では、投資で利益を得ることはステータスであるとも言われているのに・・・。

投資の世界は、たとえ投資で儲けたとしても投資の経験のない第三者からは、そのお金は「あぶく銭」のように見られます。まるで額に汗しない不労所得のように写るのでしょうか。額に汗して稼ぐことが美徳とする日本の社会だからなのか。

投資経験のある方であれば理解いただけると思います。投資で稼ぐということがいかに大変なことか。いかに悩み、苦しみ、そして神経もボロボロになり、苦悩の連続であるか。額に汗して稼ぐことがいかに楽であるか・・・。投資家は、背中に冷や汗をかいて頑張っているのに。

投資経験のない人には、このようなことはたぶん理解されないでしょう。表面だけしか見ていませんし。しかし、体験のない人に理解してもらう必要もありません。所詮、投資の世界は、体験しないと分からないものですから。実力を付けて、周りの雑音など気にせず、我が道を行く気構えで頑張りましょう。

「怪しい」などと言われる根拠を私なりに考えてみました。まず、日本の投資家で儲けている投資家が少ないことが上げられると思います。投資で損をすると、結果的に家族や周りの人たちに直接、あるいは間接的に迷惑をかけることになります。

これらは金銭的な問題だけでなく、投資家自身も損をすることでストレスやプレッシャーなどの精神的なダメージを受け、それらがさらに周りを暗くしてしまうことになります。これらの要因が幾十にも重なり、結果的に投資は「悪」であるという烙印を押されてしまうのではないでしょうか。

世間からは何と思われてもいいのですが、これらを払拭するには何といっても儲けることです。株式投資を始めるからには利益を出さなければ、その意義も達成できないことになります。

欧米には、投資で利益を得ている投資家が多く、また、その利益を慈善事業などに寄付をしている投資家も多いと聞く。かの有名なジョージ・ソロスなども慈善事業に力を入れている。このようなことから、欧米では投資家が社会的に認知されているのでしょう。

儲けなければ寄付もできません。日本の投資家も慈善事業に寄付できるよう、そして、世間からも認知されるよう頑張らなければならないなあと感じました。

相場気質

現在、株式市場は安値圏から脱出しようとしているところですが、中、長期投資家には歯がゆいところではないでしょうか。安値圏のもちあい期の売買手法は、逆張りが効果的であることは分かっていますが、逆張り手法はいったん相場がブレークすると大きくやられてしまう危険もあるので注意をしなければなりません。

相場の方向感が定まらないと、当然ながら投資家の迷いも高まってきます。迷いやプレッシャー、ストレスは、投資判断を狂わせる大きな要因となることは周知の通りです。

ところで我々投資家は、株式投資は資本主義の根幹をなすものであり、企業の資金の調達の場でもあり、経済に大きく貢献するものであることを理解しています。決して、仮想通貨のような捉え方はしていないと思います。

しかし、投資活動を行わない一般の人達からは、株式投資はギャンブルと同一視されているようです。最近はそれほどでもないにしても、以前は投資の世界はギャンブルと同じように見られていたようです。ところで、一般の人々は仮想通貨をどのように捉えているのでしょうか、投資それともギャンブル・・・。

宝くじをギャンブルと捉えてている人は少ないと思います。ある人が宝くじを買ったとします。それを人に話すと「当るといいね、楽しみだね」などと言われます。一方、競馬などをやっていると、一般の人からは冷たい視線で見られます。私にしてみれば、どちらも確率の悪いギャンブルではないかと思うのですが・・・。

宝くじの配当は50%以下です。競馬は75%です。どちらがギャンブル性が高いのでしょうか。世間一般では、宝くじはいいが、競馬はダメという雰囲気です。宝くじを買う人は、その根拠を口をそろえて「夢を買うんだ」と言います。それはそれでよいのですが・・・。

ところで、株式投資家はどのように見られているのでしょうか。たしかに投資の世界では、その功罪の「罪」の部分が大きくクローズアップされるため、一般には、そのイメージもあまり良く写らないのでしょう。つまり、これは儲かっている人がほとんどいないという裏返しなのかもしれません。

人間の性格や気質はゲームなどをするとよく分かります。大負けした人は、頭に血が上り決してやめようとしません。負けを取り戻そうと必死です。誰でもこのような経験はあると思いますが、追い込まれると人間の本質が出てくるひとコマではないでしょうか。日本人にはこのような傾向が特に強いようです。

これらは投資の世界でも言えることです。大負けすると無意識に損を取り戻そうとあれこれ画策します。しかし、精神状態はパニックであり、冷静な判断もできなくなります。そのような状況下ではうまくいくはずもありません。

このようなことは、大なり小なり誰でも持っている人間の本質でもあります。株式投資はギャンブルではありませんが、日本人の気質は、傾向的にこのような投資やギャンブルなどには向いていないように思えます。

日本人は、それらに対する教育を受けていませんし、社会からは冷たい視線を浴びて、本人もまた心の奥底には、それらを悪とする潜在意識を持っているせいなのかもしれません。いずれにしても、我々には欧米人のような狩猟民族と異なるDNAがあるのでしょうか。

私自身、ギャンブルは行いませんが、やはり向いていないということは自覚しています。投資とギャンブルは本質的に異なるものですが、短期的なキャピタルゲイン狙いの投資は、見方によってはギャンブルに似ていないこともありません。

人間には大なり小なり射幸心という本能が備わっています。投資にせよギャンブルにせよ、人間の欲と射幸心が絡み合って、時には自分でも想像できないような行動をとることがあります。冷静になって、あの時なぜそのような行動をとったのか分からないといった経験はなかったでしょうか。

投資歴何十年というキャリアがあっても成績はいまだに初心者なみ。これらは、投資の世界が一般社会における経済活動とは異なる特殊要因に起因しているからです。投資においては、人間の本質を突いてくるような場面が数多くあり、投資家は、これらを克服できないため、いつまでもその成長を妨げる結果となります。

難しい問題ではありますが、投資の世界に身をおく者は、自分自身の本質や気質、性格の部分まで変える事が困難であるため、その運用において、投資家が追い込まれてしまうような状況をつくらない運用手法を考えていかなければなりません。

以上の問題については、投資の理論やその手法より格段に重要なことであり、投資家各自がこれらの問題と真剣に向き合い、自己診断して、今後その対策を考えていかなければなりません。