投資手法の根拠

個人投資家向けに「株式投資でどのくらいの利益を上げたいか」というアンケートがあった。その結果も記載されていた。そこには「個人投資家の期待リターンは、年収程度」と記載されていました。
これらについて、皆さんどのように感じられたでしょうか。「もっともだ」「難しいのでは」「少なすぎる」など、いろいろな意見があると思います。感想は感想として、株式投資では、実際にはどのくらいのリターンが望めるのでしょうか。
ある資料によりますと、まず、配当についは、前期基準の配当利回りは1.80%となっています。そして、期待収益ですが、これらはあくまでも過去の数値ですが、おおむね年率6%前後であると言われています。当然ながら、これらの数値は平均値であり、場合によってはマイナス20%の年もあるだろうし、プラス20%の年もあるはずです。
ここで、もし、給与の年収が500万円であった場合、株式投資で、それと同等の収益を上げようとするにはどのくらいの投資金が必要となってくるのでしょうか。年率6%であれば、投資金は8000万円以上必要となってきます。個人投資家で株式投資の投資資金が8000万円以上で運用している投資家がどれだけいるのでしょうか。
ここでまたアンケートの結果ですが「個人投資家の平均的な投資資金は200万円から500万円程度」とされています。これらの結果から、期待と現実とのカイリがとんでもなく大きいとしか言わざるを得ません。これらから、個人投資家はいかに株式投資に夢を抱いているかがわかります。しかし、その反面、現実離れした思いであるとも言えます。
これらの問題に異論を唱える投資家もいます。「投資利回りが年率6%と言うのは平均値であって、技術を駆使すればもう少し高い利回りが確保できるのではないか」と。まさにその通りです。高度な投資テクニックを駆使し運用すれば、平均値以上の利回りが期待できるはずです。
私を含め多くの個人投資家は、高度な投資テクニック駆使し市場の平均利回りを上回るパフォーマンスを上げようと日々努力しているのです。もし、年率25%であれば、期待収益の500万円を上げるには、投資金は2000万円でOKです。このあたりであれば現実味がでてきます。
ただ、この期待値である年率25%も、一過性であれば可能な時期もあるのですが、相場には山あり谷ありで、長期間にわたりこれらのパフォーマンスを上げることは非常に困難となります。しかし、努力如何では・・・。
そこで、我々個人投資家に課せられた課題は、高度な投資テクニックよる実践にあるのではないでしょうか。しかし、この「高度な投資テクニック」以前の投資家も多いのも事実です。投資金が500万円であるのに係わらず、損切りもできないのに、年間500万円の利益を上げようとする無謀な考えの投資家もいます。冷静になって考えれば分かることなんですがねえ・・・。
勘違いはともかく、投資の世界では「金融理論を学べば必ず儲かると思う人」と、「金融理論など役に立たないと思う人」がいます。これらについては、私が常々申し上げています「投資の世界には正しい答えはない」ということであり、どちらが正しく、どちらが間違っているとは言えません。
強いて言えば「理論が伴った実践」にあると私は考えています。理論ばかりで頭でっかちなってもいけませんし、理論もなく感覚的な売買でもいけません。理論と実践が車の両輪のようにかみ合った状態での運用がベストではないかと考えています。
高度な投資テクニックの追求において、多くのテクニカル分析派の投資家は、いろいろなテクニカル分析指標を駆使して運用されているものと思います。そこで、現在採用しているテクニカル分析指標の根拠は何だろうと考えたことがあるでしょうか。何も考えず無条件で利用していないだろうか。
私が最初に覚えたテクニカル分析指標にサイコロジカルラインがあります。サイコロジカルとは「心理的な」という意味であり、投資家心理は、株価の上昇が続けば、ますます強気に傾き、逆に株価の下落が続けば弱気に傾きがちである。
このような考え方から直近12日間の中で終値が前日比プラスの日数を数え、12日間のうちプラスが何日あったが、その比率を求める。前日比変わらずの場合は、前日プラスであれば、その日はプラス、前日マイナスであれば、その日はマイナスとして数える。サイコロジカルラインの考え方に上昇幅・下落幅を導入したのがRSIである。
これらのサイコロジカルラインは、投資家の強気と弱気の心理を捉えた指数であり、市場は投資家の心理状態を良く表したものであり、ある意味では理論的である。しかし、私が問題にするのは、その点ではなく分析期間が12日間というところです。
なぜ12日間なのだろうか。13日間では、あるいは20日間ではいけないのだろうか。根拠が希薄であれば、その結果もあいまいになってしまう。何事にも原因・結果の法則がはたらく。
「あなたの分析手法に理論(根拠)があるのか」とよく尋ねられる。私は、それらの質問には次のように答えています。「私は特に金融理論を学んだわけではないが、その根拠(原因)には、徹底したバックテストにある。これらは金融学ではないかもしれないが、膨大なバックテストの結果は、ある意味では統計学(理論)ではないでしょうか。私は、うまく行かないときも、これらを心のよりどころとして、そして、その統計を信じて日々運用を続けています。そのためか、今でも現役でいられます」と答えています。
私は統計学も理論であると考えています。根拠なき運用では、いずれ破綻します。そこで、投資家の皆さんも、現在運用されている投資手法の根拠について、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。
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個人でもできる裁定取引

一般的に、裁定取引は機関投資家や大手の金融機関が行うものであるという認識があります。たしかに、裁定取引は、日経 225先物を売って同時に日経平均の採用銘柄である225銘柄を買い付けして運用しますので、それらの資金量からしても個人投資家が参入できるものではありません。
<裁定取引の定義>
裁定取引とは、広義には「2つの資産について価格差のある場合」に着目、「割高な一方を売り、割安な他方を買う」ことにより利ざやを取る投資行動をいいます。
しかし、これらの裁定取引の有利性を利用して、個人投資家においてもこれらに類似した取引はできないものでしょうか。裁定取引の理論的優位性に着目し、個人投資家でも運用可能な裁定取引について考えてみましょう。
現在、個人投資家向けに「日経 225mini」が利用できますので、これらを利用した裁定取引について考えてみましょう。
「日経 225mini」とは、
日経 225miniは、日経平均株価(日経 225)を対象にした株価指数先物取引で、将来の特定の日に日経平均株価(日経 225)の100倍を現時点で取り決めた値段(約定値段)で売買することを約束する取引です。
株式投資のように売買代金を支払うのではなく、証拠金と呼ばれる担保を差し入れることで取引ができるので、少ない資金で比較的大きな取引ができるという特徴があります。また、取引対象が日々のニュースで伝えられる日経平均株価(日経 225)ですので、初めての投資家でも親しみやすく参加できます。
「日経 225mini」の特徴は、
・日経 225miniは従来の日経 225先物取引のミニサイズとなる商品です。
・日経 225先物取引のメリットはそのままで、少ない資金から取引ができます。
・信用取引のように「金利」や「貸株料」が不要です。
・売りからもスタートできる。
・倒産リスクがない。
以上のような特徴があり、これらの活用方法によって個人投資家にも大きなメリットを享受することができます。
個人でできる裁定取引とは、
基本的には、割高銘柄を売り(空売り)、割安銘柄を買い付けするという考え方です。そこで、個人でできる裁定取引は、割高とされる売り銘柄として、日経 225miniを採用します。
日経 225先物の理論価格は、現物価格より満期までの金利の分だけ割高となっているため、基本的に、日経 225miniを割高銘柄として採用します。複数の割高銘柄をパッケージにして空売りし、日経 225miniを買いにまわすようなことはしません。日経 225miniは、常に売り銘柄とします。
一方、割安とする買い付け銘柄として、日経 225採用銘柄の中から資金量にあわせて、現物株をパッケージにして買い付けます。これらの間でサヤの裁定取引を行います。
裁定取引は、日経平均採用銘柄のすべてをパッケージにして売買しますが、個人でできる裁定取引では、日経平均採用銘柄の中から特に割安となっている銘柄を数銘柄選択し、これらをパッケージにして、先物とのサヤを取るという仕組みです。
そこで、割安株として採用する銘柄の選択となりますが、これらは、やはり日経平均採用銘柄( 225銘柄)の中から選択しますので、その選択もある程度容易ではないかと思います。
これらの割安株を選択する方法として、ある銘柄の1年前の株価と現在の株価を比較して算出します。たとえば、過去1年前の株価が500円で、現在の株価が600円であった場合、現在の株価水準は、20%=(600-500)÷500×100となります。
これらの方法で、日経平均採用銘柄のすべてを計算し、割安な銘柄順にランク付けをします。割安な銘柄順にランク付けされた銘柄を投資家の資金量に合わせて複数銘柄を選択し、それらをパッケージにして日経 225miniとの裁定取引を行うわけです。
売買は、これらを一括で仕掛けて、サヤが縮小した時点で一括で決済します。裁定取引ですから、すべて一括売買です。非常に簡単な手法ですが、いくつかの注意点があります。
まず、パッケージにした数銘柄の買い銘柄においては、各銘柄の株価変動率(ボラティリティ)をある程度同じような変動幅の銘柄にすることや、日経 225miniとの相関性など。また、日経 225miniとパッケージにした銘柄との投資金の配分など、仕掛け前に検証しなければならない点はいくつかあります。
多くのメリットもあります。まず、基本的には裁定取引であるため、理論的裏付けがあること。安全性や安定性が高いこと。また、相場変動に対しヘッジをかけているため、相場に振り回されないこと。銘柄選択においても、限られた銘柄からの選択であるため、その作業も容易であること。情報や材料などを必要としないなど。
私は「投資とは、長期間にわたり継続して行うものである」と常々提唱しています。投資を継続するためには何が必要なのか、また、投資家の精神的な安定を図るにはどうすれば良いのかなど、投資家は、これからも続く投資活動に対し、これらの問題点と正面から対峙しなければなりません。
時代は日々進化しています。投資市場においても、当てもの的な旧態然とした手法から脱却し、あらゆる可能性を追求すべき時代となっているのではないでしょうか。
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売買のシステム化

「売買のシステム化」について解説いたします。
仕事においても投資においても、その収益を上げるためには日々努力し、継続的に運営を行わなければなりません。当然ながらその過程においては紆余曲折もあるでしょう。企業であれば、現在のような景気低迷期においては、苦難と試練の時期となります。
何事も一朝一夕では成就しないものです。当然ながら投資の世界でも同様です。投資においても収益を上げ続けるには「長期間にわたる継続的な運用」となります。そして「長期間」の間には、歓喜する時も恐怖におののく時もあるはずです。投資とは、それらを乗り越え長期間継続して売買を繰り返さなければなりません。
新規参入した投資家の寿命は4、5年と言われています。これでは投資の目的である収益を上げることも叶わない。そのような結果になってしまう原因は何だろうか。
それは、当然ながら矢折れ刀尽きるまで戦い、努力もむなしく壮絶な立ち往生を遂げた結果ではないだろうか。投資家が退場する第一の要因は、やはり「負けてしまった」に尽きるのではないでしょうか。退場する直前まで投資家は、苦悩し続けていたに違いない。しかし、相場の世界とはそのような世界でもあるのです。
退場する理由としては、その売買技術が劣っていたということもひとつの要因かもしれませんが、一般的には、売買技術は経験に比例して上達してゆくものです。しかし、そのほかにも要因はあると思います。たとえば、損切りルールなどを決めておいても、暴落時などでは、それがことごとく実行できなかったなど・・・。
ルールを決めておいても、それが実行できないということは、投資家自身の問題であり、これだけは誰も助けてはくれません。私も以前に裁量的な売買をしていた時期には、これらの問題で大いに悩んだ経験があります。
投資の世界には、超えられない大きな壁があります。それは売買における「感情のコントロール」です。株式投資は欲を持って参入するものの、欲を出しすぎると負けることになります。まったく相反し矛盾するものです。これらの矛盾は、株式投資を続けていく限り必ず影のように付きまといます。
そして、投資家の判断を狂わすのです。このように、相場の世界では、この「投資家の感情のコントロール」が魔物のように付きまとい、投資家に襲いかかるのです。投資家であれば誰でも体験することであり、投資家は、今でもその魔物に取り付かれ苦悩し続けているのではないでしょうか。そして今後も・・・。
私自身も今現在、株価チャートを見ながら裁量的な売買をすると感情(欲と恐怖)が邪魔をして負けてしまうと思います。主観や感覚、感情は、人間の本質にかかわる問題でもあり、努力すれば誰でも克服できるというものではない気もします。その点、昔の相場師は偉かった。これらの問題を血のにじむような努力と鍛錬を重ね、強い精神力でこれらを乗り越えてきたのではないかと想像します。しかし、私にはそのような真似はできません。無理です。
私自身も過去において、このような状況に長い期間悩み続けてまいりました。なぜこのような苦しみが続くんだろう、何とかこのような苦しみから解放されたい。その原因は何だろうと長い間、自問自答する日々を送っていました。これらが「投資家の感情のコントロール」にあることを理解したのは、だいぶ後になってからのことでした。そこで私は、唯一解決できなかった問題である「投資家の感情のコントロール」を必要としない株式投資法を考えたのです。
誰でも一度は「つもり売買」をしたことがあると思います。つまり、実際に売買しないで、買ったつもり、売ったつもりの売買のことです。「つもり売買」は非常にうまくいくものです。しかし、実際に売買するとうまくいきません。机上の空論と化してしまいます。どうしてでしょう。
このギャップは「投資家の感情」によって説明できると思います。仕掛け銘柄に利が乗ってきたものの高値恐怖症になり早めに利食いしてしまった。暴落時に、ここは底値だと考えるものの仕掛けを躊躇してしまったなど。「つもり売買」では、これらを一切無視して淡々と売買することができます。「つもり売買」では、感情移入がありませんから・・・。
これらから、投資の収益を妨げるのは投資家の感情が多くの部分を占めるということが言えると思います。翻って言えば、投資家の感情を排除すれば「つもり売買」のように、収益を上げることができるのではないでしょうか。
そこで、私は「投資家の感情のコントロール」を排除した株式投資法を考えたのです。それは「売買のシステム化」でした。銘柄選択から仕掛け、決済ポジションまですべてルール化して売買するものでした。しっかりとバックテストも行いました。
しかし、しかし、「売買のシステム化」による売買においても、システムが指示した売り、買いが、ことごとく私の考えと反対の指示をしてくるので、これらの指示に従うことが困難となってしまったのです。自分が散々苦労して作ったシステムでさえも・・・。結局、元の木阿弥です。
「売買のシステム化」以外に、投資で収益を上げる方法はないと信じるも実践ではやはりうまく対応できなかった。私は、ここで大いに悩んだ。これから行く道が閉ざされたかのようだった。
そこで再び私は考えました。今までは、システムが指示した売り、買いサインを株価チャートを見て確認していました。株価チャートを見るからあれこれ考えてしまうので、これをやめてみようかと・・・。システムが指示しているのに、改めて株価チャートなど見て確認する必要などないのではと。そのための膨大なバックテストではなかったのかと。
そこで、不安はあるものの株価チャートを一切見ずに売買を始めました。すると不思議にシステムの指示通りの売買がスムーズにできるようになったのです。損益は分かるものの、個別の銘柄の株価水準や売買ポジションは視覚的に分からないためなのか、あれこれ悩むこともなく売買が進みました。
現在は、多くの銘柄に分散投資をしていますので、なおさら個別銘柄を云々するようなことはありません。どのような銘柄を持っているかさえもリストを見なければ分からないくらいです。このようにして、投資家が一番難しいとされる「投資家の感情のコントロール」から開放されることになったのです。
このような経過を経て「売買のシステム化」に、ついにたどり着いたのです。しかし、誰でもシステム売買になじむとは思いませんが、投資とは「長期間にわたる継続的な運用」であり、これらに沿った運用では「売買のシステム化」による運用がベストではないかと私は考えます。
システム売買のメリットは、その売買の一貫性を保証し、一定の条件によって指示されるシグナルに従う。このことは重要なことであり、どのようなシステムであっても、その売買に一貫性がなければ、いずれ大きな損失を被ることになります。
システム売買のデメリットもないわけではありません。投資家自身が構築したシステムならいざ知らず、他人の作ったシステムをどこまで信用していいものなのかなど・・・。また、システム売買は事務的な処理となるため、その売買は、ひとつも面白くありません。このように、何事にもメリットだけということはないわけです。
また、これらのシステムの指示に従うことにより、投資家はリスク管理の手段を持つことになります。売買にはリスク管理は絶対必要で不可欠のものです。リスク管理を持たないシステムでは、一度の失敗(大きな)で悲惨な結果をもたらすことも少なくありません。適切に設計されたシステム売買には「損切りルール」が付帯し、大きなトレンドが発生した場合には、それらに追従し、適正なポジションでそれらを反転させる機能を有しています。
適切に機能するシステム売買では、まずい売買が積み重なって損失を出すことがあっても、一回か二回の売買によって投資金のすべてが吹き飛んでしまうということは避けられます。
システム売買がすべてに優るとは申しませんが、投資においては、その売買に一貫性がなければいけません。多くの投資家は、この点で悩み続けます。いつも述べていますように、あるシステムで何回か売買して、うまく行かないとすぐやめてしまう。これらは、投資家が確固たる投資理論や売買手法を持ち合わせていないということにも起因しています。売買システムを確立できず、あれこれ悩んで売買しているうちに、投資金はどんどん目減りしていきます。
システム売買で運用することは、その売買自体は簡単なことなのですが、実際の運用では感情が邪魔をして継続できないこともあるでしょう。しかし、システム売買には、投資の基本である「長期間にわたる継続運用」を行うための「売買の一貫性」があり、また、投資家の大敵である「ストレス」から開放されるという利点もあります。投資に必要不可欠な「リスク管理」も可能であるため、非常にメリットが多い投資手法と考えます。
私は、投資手法の究極の到達点は「システム売買」に行き着くと考えています。
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投資と人生、二つの問題提起

投資とは長く続けていくゲームである。もし、株式投資で儲かっているとすれば、まず、株式投資をやめるということはないと思います。やめる場合があるとすれば、その理由はお分かりであると思いますが・・・。
つまり、株式投資は延々と続くゲームであることになります。延々と続くのであれば、その投資家の人生の多くの部分を投資が占めることになります。であるならば、これからも続くであろう投資活動を、人生という長いスパンからも考える必要があるのではないでしょうか。
投資の世界は、非常にメンタルな世界です。持ち株が上がれば嬉しいし、下がれば悔しい思いをします。数値を追いながら一喜一憂します。人間の心理として、持ち株が同じ幅だけ上がった時と下げた時のインパクトは、下げた時の方が上げた時よりも2.5倍ものインパクト(ショック)があるそうです。
投資の世界は、一般社会と異なる別次元の世界であるということは、当欄でも、すでに述べています。投資初心者にとっては、一般的な常識や知識もキャリアも通用しない未体験ゾーンでもあるわけです。しかし、投資の世界には、もっと大きな問題が待ち構えているのです。
答えのない投資の世界では、間違った情報でも、まことしやかに独り歩きしています。その間違った情報(知識)をインプットしてしまった投資家は、それを排除する術もなく、潜在意識に埋め込まれていきます。しかしながら、投資家は誰でも自分の考えは正しいと思いがちです。
幼少期に埋め込まれた潜在意識は一生消えないと言います。ある意味では、その潜在意識が、その人の一生を左右するとまで言われています。これらと同様に、市場に参入した時に得た知識や体験がいつまでも残っているのです。それらが、その後の投資人生を決定付けると言っても、言い過ぎではないような・・・。
私は、ある投資家とお話をしました。その投資家はキャリアが30年だと言う。それなりに紆余曲折はあったと思いますが、しかし、いまだに収益を上げることができないでいます。何かが間違っているのでしょう。間違ったまま今まで来てしまったのでしょう。
株式投資は、競馬や競輪と違って、投資における経費は売買手数料だけです。そして、上げ下げの確率は50%程度でしょう。ならば、儲ける投資家は半分と言わずとも、三分の一程度はあってもおかしくないはずです。
しかし、現実を見てみるとそうではないようです。何かがおかしいのです。何かが間違っているのです。そうです。何かが間違っている、何かが邪魔をしているから収益を上げられないでいるのです。
これは、私の長い投資活動の中から自分の体験も含めて、これらの問題について感じることがあります。そこには、二つの要因があるのではないかと考えています。
まずひとつは、すでに上記で述べましたように、明らかに間違った知識のインプット。それに思い込み。何が正しいか分からない世界では、これらもやむを得ないのかもしれません。しかし、そうも言っていられません。投資で稼がなくてはならないわけですから・・・。
これらも難しい問題かもしれませんが、一時、「欲」という部分を切り離して、投資について客観的な目で見てみたらいかがでしょうか。
もうひとつは、これは非常に困難な問題です。これらは、本来、誰でも持っている人間としての本能の部分です。それは「人間の判断は本質的に損を招く」というものです。これらについては、アメリカの科学誌「サイエンス」にミシガン大学の心理学者が発表した記事があります。
『投資において負けると、なぜか大きな賭けに出て深みにはまってしまう。こうした行動は、損失を取り戻そうとする脳内の反射的な働きに一因がある。儲けた場合より損をした場合の方が「前頭葉内側野」が活発になり、損をした直後には、その損を取り戻そうと、更に大きな賭けに出る傾向が見られた』とある。
投資家であれば、誰でも「損失の恐怖と利益の欲望」という共通の意識を持ち、人としての感情がマーケットでの正しい行動を狂わせ、そして、全員が負けるというものです。
いつもながら、重い話題となってしまいましたが、投資家各自がこれらの問題に対し、どのように向き合い、どのように解決していくかが、今後の長くなるであろう投資活動の成果につながるものと思います。
投資家は、これからも投資活動を続けていく限り、これからの人生の多くの部分を「投資」という問題が占めることになります。このあたりで、これらの問題についても、もう一度考えてはいかがでしょうか。
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