マネージメントの欠如

投資手法は投資家の数ほどあると言われています。どのような投資手法であっても、「これが一番」という手法はないわけですから、それぞれの投資家の性格や資金量などに合った手法で運用されればよろしいと思います。

ファンダメンタルズ分析でもテクニカル分析、あるいは両方でも、要は継続的に収益が上がれば良いわけです。投資家は皆、自分に合った投資手法を駆使し日々投資活動を行っています。

ある投資家が言った。「長年投資活動をしているが、収益が安定しない。大きく儲かることもあるが、大きく損を出すこともある。資金効率が非常に悪い。これらを何とか改善できなものか」と。要するに儲からないということであろう。

その投資手法を尋ねてみると、主にテクニカル分析が中心でパソコンに表示される分析指標を組み合わせるなどして売買しているとのこと。主にRSIやストキャステックスなどのレシオ系の分析指標を採用していると言う。

RSIやストキャステックスなどのレシオ系の分析指標は、その指数を0から100までの範囲に収め、25以下は買い、75以上は売りなどとしている手法が多い。

これらの分析指標を利用するには、いくつかの問題点があります。まず、買いの場合、指数が25以下となったので買いに入ったとします。そこまでは良い。買いに入ったものは、いずれ売り決済しなければならない。売り決済は、指数が75以上となったところであるので、その水準になるのを待つ。

しかし、ここで考えてみてください。25以下となって買ったとしても、いつになったら75以上で決済となるかわからない。25以下で買ったものの75以下水準で推移していた場合や更に25以下の水準に長期間停滞していた場合には、株価は買値より大きく下げている場合が多い。

それでも忍耐強く75以上になるのを待つのでしょうか。もし、相当期間後に75以上となって決済しても結果はマイナスとなってしまうはずです。このような経過を辿った場合に、投資家はどのような判断するのでしょうか。

日本の伝統的なローソク足分析などもにも同じことが言えると思います。もし、買いの型、たとえば、底三尊(ヘッド・アンド・ショルダー)が出現し、買いに入ったとします。その後、売りの型が出現せず、再び買いの型が現れた場合はどのよう対処すべきなのでしょうか。

レシオ系の分析指標で指数が25以下となって買いに入り、その後若干ポイントが上がったものの決済に至らず、再度、指数が25以下となっ場合に、更に買い増しをするのでしょうか。底三尊で買いに入ったものの、その後に三角もちあいなどの上値抵抗線を抜けたら再度買い増しするのでしょうか。

このあたりを明確にルール化しておかないと継続的な運用はできなくなります。もし、再度25以下になったら買い増しをする。ローソク足分析で買い付け後に、更に買いの型が出たら更に買い増しをするとします。

しかし、この買い増しは必ず1回とは限らないはずです。決済に至らず5回も10回も出る可能性だってあります。そのような場合、投資金の配分はどのようにするのでしょうか。

これらは、カイリ率などの逆張りにも言えることです。暴落などの際に、買基準に合格する銘柄は買いきれないほど一気に出現します。このような場合の資金配分はどのようにするのでしょうか。買基準に合格した銘柄は全部仕掛けるのでしょうか。もし、全部仕掛ける資金がなかった場合は・・・・。そのときの精神状態は・・・。

テクニカル分析指標を利用し運用される場合には、上記のような問題が発生します。運用前にこれらを明確にルール化して挑まなければなりません。しかしながら、これで問題が解決したわけではありません。

投資の原点に振り返って考えてみてください。投資とは、投資資金に対するパフォーマンスのはずです。

上記のような投資手法では、「買い」がいつ出るか、また「売り」がいつ出るか分かりません。買いでも売りでも、そのサインが出現するまで待機状態にあります。カイリ率の逆張りのように一気に仕掛けが出ることもあるだろうし、相場急騰場面では、買い仕掛けは一切出ないということもあります。

投資を運用という立場から考えた場合、投資パフォーマンスは常に準備した投資金に対しての利回りであるということです。仕掛けが一切出ない状態でも投資金に対して利回りは計算されます。

たとえば、1千万円の投資金のうち百万円の運用で50%の利益を上げたとしても投資金から考えれば5%の利回りにしかなりません。「休むも相場」と言われていますが、投資を本業とする投資家には休んでいることはできません。

投資家は、常に投資金に対する利回りから、投資に対する考え方や売買手法を構築すべきです。個人投資家には、これらの点(マネー・マネージメント)については配慮が欠けているように感じます。

一般の投資指南書には「ここで買って、ここで売ればこれだけ儲かります」などと解説されていますが、これらは売買技術であって、投資金の配分などのマネージメントについては一切書かれていません。

プロの運用者の間では、売買技術よりマネー・マネージメントが優先すると認識されています。今後は、投資金の配分なども十分考慮して取り組まなければなりません。従来の「売買」から「運用」へと脱皮することです。

私は、これらの問題を解決すべく、投資金が常にフル活動できるようリスクヘッジを採用し、銘柄ランキングによる「どてん売買」での運用を行っています。

レバレッジの功罪

最近の仮想通貨やFX、さらには先物などは、業者に預けた証拠金の数倍から数十倍もの額を外貨に投資できる仕組みですが、これらの倍率(レバレッジ)が高いと相場が予想通り少し変動した大きな利益を得ることができる。ある意味では大いに魅力的である。反面、相場が予想した反対の方法へ変動したなら大きな損失を被る。つまり、高いレバレッジはハイリスク商品でもある。

金融庁はFXに対し、これらの倍率を制限しようとしていたが、業者からの反発が大きく、今回は断念したらしい。これらは外為法改正でFX取引が認められて以降、規制云々するのは初めてのことらしい。

ご存知のように、レバレッジの高い取引は、大損の危険もあるが、大儲けのチャンスもある。最近では、少ない手持ち資金で高い利益を狙えるとみる投資家に人気を呼び、会社員や若い人、主婦層にまで取引が拡大しているようです。

相場が大きく変動すると元金を大きく失う投資家が相次ぐ。レバレッジの高い取引は、ギャンブルのようなものと以前から批判があったにも拘らず、取引業者は、高倍率を競って投資家を獲得しようとしている。

このようなことから、当局も規制に乗り出したのではないだろうか。為替取引業者側は、規制で顧客が離れてしまうと言い、利用者側も規制を望まないとの意見がある。金融庁は「やり過ぎ」「規制不要」との声も多かった。

FX取引を実践していない私としては、これらの問題に意見する立場にはないが、以前の金融危機の要因を思い出してほしい。金融危機は、実体経済から大きく乖離したレバレッジ・バブル経済ではなかったのか。

米国の投資銀行を見てみよう。投資銀行は少ない資金でレバレッジをかけ、大きく運用し大きな収益を上げようとしてきた。07年の3大投資銀行のレバレッジ比率(総資産を株主資本で除した比率)は30倍以上だったと聞いている。

しかし、以前の金融危機で保有資産が劣化したことに加え、資金市場が正常に機能しなくなってしまった。投資銀行が資金を確保するためには銀行に買収されるか、あるいは銀行の持ち株会社になるほかなく、その時点で米国のいくつかの投資銀行は消滅したのである。

皮肉にも日本のメガバンクや大手証券会社の一角は、消滅した米国の投資銀行を買収したりして、それを目指している。気になるところである。

レバレッジに関しては、米国では個人が住宅価格の上昇を期待して借り入れを増やし、この資金を使って消費していたのです。これもレバレッジのひとつです。

また、個人だけでなく、米国そのものが海外から経常収支の赤字をファイナンスし、豊かな経済を保ってきたと言える。しかも経済危機収拾のための財政出動により、さらなるレバレッジを利かせた財政運営となる。

「急いては事を仕損ずる」と言います。あまりにも急速な資金の増大を夢見て、大きいレバレッジを利用することは、その増大以上に大きなリスクが存在することを覚えておかなければならない。野放しの自由は暴走し、崩壊につながる。

一般的に、住宅などの購入資金として銀行から融資を受けるときには頭金が必要です。その頭金は、通常、購入代金の30%前後ではないでしょうか。購入代金の30%は3倍程度のレバレッジです。株式投資における信用取引もレバレッジは3倍程度です。このあたりが、レバレッジの適正倍率ではないでしょうか。

ノーベル賞を受賞した経済学者が参加したファンドもレバレッジのかけすぎで破綻しています。FX取引の倍率を云々と論争しているようですが、あまり欲をかくと墓穴に落ちてしまうような・・・。

<牛に引かれて善光寺参りの故事は>
「強欲なばあさんが布を干していたら牛の角に引っかかった。逃げていくので、その牛を追っかけて善光寺平までやってきた。やっと追いついて布を取り返そうとしたところが、その牛は仏様の化身だった。仏様に強欲の愚かさを説かれて改心した婆様は、以後信心して穏やかに長生きした。」

夢を抱いて

その男は、今まで多くの失敗を重ねてきた。持って生まれた性格なのだろうか、みんなと一緒に行動することが嫌いだった。いつも誰もやらないことをやろうと考えていた。大きな野望を持っていた。シャイな性格でもあった。相場格言に「人の裏に道あり花の山」とあるように、ある意味ではアウトローだったのかもしれない。

昔、運転免許を取りに行ったとき、性格テストなるものを受けた。これは運転における適正があるかなどをテストするものであろうが、その結果をを見て、ひと通り問題はないように思えた。しかし、ひとつだけ気になるところがあった。それは「協調性」のポイントが低かった。

男は、自分でもうすうす感じていたが、みんなと一緒になって騒いだり、同じ行動を取ることが苦手であることは事実だった。特にプライドが高いということもないが、多くの人といると疲れてしまう。気配りのしすぎなのだろうか・・・。今流行ので言葉でいえば忖度のしすぎだったようだ。これも個性と言えばそれまでだが。

そのような性格の男が、これからの自分の人生に大いに野望と夢を抱いて社会に出て行った。若いころは、効率が一番と考え、すべてに急いでいたように思う。昼夜を問わず、がむしゃらに働いた。大いに遊びもした。無理をして倒れたこともあった。思い立ったことは、すぐに行動に移した。ありとあらゆる仕事をした。多くの社員を抱え会社を経営したこともあった。

今考えれば、若気の至りかだいぶ無茶をした。多くの周りの人に心配や迷惑をかけたことも数多くあった。大きな失敗も経験した。後悔したこともたびたびあった。そして何となく自分に経営能力がないことも気づいた。これらは多くの失敗や挫折から学び取ったものである。これも適正テストにあったように、協調性の欠如からくるものだろうか・・・。

若いころに、自分の人生を最大限に謳歌できることは何かと考えた。そして、一番儲かる仕事は何かとも考えた。そのような考えの中、性格テストが示すように、組織の中ではやっていけないということも自覚していた。

生活もあり、組織に入れないのであれば、自分で何か起業して生きていかなければと考えた。毎日、書店や図書館に行って模索の日々を過ごしていた。そうこうしているうちに考えついたのが、一般のビジネスではなく、物を介さないビジネスだった。物を介さないビジネス、それは保険、金融、投資の三つがあり、これらは、お金を出してお金で戻ってくるビジネスであり、効率が一番良いと考えた。

保険業務は無理でした。一般の外務員となれば可能でしょうが、これでは組織の一員になることになる。保険は、その胴元(元受)にならなければ、本来の利益は得られない。つまり、保険会社を経営するということであるが、経営には向いていないということはわかっているし、ましてや現在の法律では、とうてい無理ということになる。

では、金融はどうかということになる。金融業は、昔から借りる時は神様、返すときには鬼と言われるように、ある意味では多くの敵を作ってしまう可能性もある。逆恨みほど怖いものはない。しかしながら、若さというものは怖いもの知らずで、金融業にチャレンジした。金融業ではそれなりの収益を上げたものの、その後の貸金業規制法により廃業を余儀なくされた。法には勝てない。

さて、残るは投資ということになる。投資は、まさしくお金からお金を産み、資金効率は一番良いのではと考えた。投資においては、他人を介することなく運用が可能であり、一人でも大きな資金を運用することができる。これぞ自分に向いている最適なビジネスであると考え、これからの自分の人生のすべてを投資の世界に託する一大決心をした。

しかし、当時の投資の世界は、一般社会からはあまり良いイメージを持たれていないことは知っていた。その理由として、相場に失敗して新聞沙汰などになることも多く、日本においては、一般に認知されていないことは十分理解していた。結婚しようとしたとき、相場師には娘をやれないとも言われた。

しかし、男たるもの一度決心したことは後には引けない。どのようなビジネスであっても生きる道はあると考えるも、何事も簡単に成功することはできないことも十分理解していた。その道のりには多くの苦悩や困難が付きまとうことも覚悟していた。特に投資の世界では、成功者は少なく特殊な世界ではある。しかし、そのことがアウトローの男の心に火をつけた。

そして、強い意志を持って投資の世界に踏み出した。自分では、それなりに投資知識は理解したと自覚していた。当初は株価の変動に一喜一憂し、売り買いを楽しんでいた。しかし、その楽しさも長くは続かなかった。

投資の世界で生活しようと考えていたわけであるから、楽しんでばかりはいられないと、一挙に投資資金を増やした。しかし、「好事魔多し」と言われるように、予想もしないような暴落に見舞われてしまった。まさに青天の霹靂である。

その後、落ち込んだ気持ちを奮い立たせ、初心に戻って投資の勉学に励んだ。あらゆる書物を読み漁り再起の機会を伺った。これも性格からくるものだろうか、その勉強の期間中は、他の事は一切せずに集中した。他の事をしないというより、他の事は手に付かなかったと言ったほうが正しいであろう。お金も底をついてきた。

「投資には必勝法は必ずある」と考え、現在、必勝法なるものが確立していないのは、まだ発見されていないだけだと思い込んでいた。この一点に集中し、退路を断ってとにかく没頭した。この期間、周りの多くの人たちに心配や迷惑をかけてしまったようだ。後になって回想すると、この期間は自分が自分ではなく、まるで夢遊病者のように、あるときは修羅のようであったと記憶している。周りからは、おかしなやつ、怪しいやつなどと思われていたに違いない。

そして、リベンジの時期がきた。資金を工面し意気揚々として市場に参入していった。以前の失敗を教訓として、あらゆる角度からの勉強や研究を行った。絶対の自信はあった。しかし、世の中は甘くはなかった。投資の世界には魔物が住んでいた。再び返り討ちにあってしまった。この時ばかりは自分の選択した人生を恨んだ。自暴自棄になり、極度のストレス状態であった。放心状態で自分の人生もこれで終わったと感じた。

ストレスとは怖いもので、何らかの形で身体に出てくる。その男は一時、吐き気や頭痛、耳鳴りがして、ついには耳が聞こえなくなり、目も見えなくなってしまった。病院に行ったら、やはり原因はストレスであった。その後回復したが、若かったから耐えられたのだろう。

しかし今考えると、これらの体験から一般社会では学べない、経験できない、人間の本質を垣間見たような気がした。「犠牲を払わずして成し得るものはない。物事を成し得るには必ずその対価が必要である。リスクなくしてリターンなし」も学んだ。

そして、いかに人間は精神面で支えられているかを体験することになった。人間の愚かさ、弱さ、苦しみ、喜び、悲しみ、そして人生とは何たるかを学んだような気がした。人間の精神的な面がいかに人生を大きく左右するかを学んだ。

その後、長い時間が過ぎた。そして、男は忘れ去られていた・・・・。

初心貫徹、男は再び投資の世界に舞い戻ってきた。熱き魂は失われていなかった。しかも、最新鋭の強力な武器を携えて・・・。

男は、多くの苦悩を味わい、多くの犠牲を払いながらも這い上がってきた。夢をあきらめてはいなかった。相場の世界は人生の縮図のように思われた。相場の世界からは、一般の社会からは学べないような貴重な体験をした。人間的にひとまわり大きくなったのだろうか。

しかし、このドラマはこれで終わったわけではない。男の投資人生は今でも続いている。周囲からは冷たい視線を浴びながらも「投資には必勝法は必ずある」と今でも信じ、ひたすら夢に向かって苦悩し邁進している。

これらの体験を一言で語るとしたら、夢をあきらめなければ、苦労は必ず報われる(かも知れない)ということである。男は「人生に無駄はない」と信じ、これからも険しい修羅の道を歩んで行くものと思われます。

矛盾

投資家は常に現状に満足せず向上心を持って投資活動を行っています。その向上心がなくては、投資における収益アップにもつながらないでしょう。どの世界においても、これで満足、これで十分ということはないでしょう。人々は常に上を目指して頑張っています。

投資家達は、常に高い利回りを求めて日々努力しているものです。しかし、その高利回りにも限度があることを理解しておかなければなりません。その理由については、以前に解説いたしましたが、ハイリターンの裏には、それらと同等、あるいは、それ以上のリスクが内在しているものです。

よく宣伝文句に「年率○○%」などと、その利益率の高さを売り物にしているものも見受けられますが、これらを鵜呑みにする投資家はほとんどいないと思います。冷静な投資家であれば「そのような高い利益率なら自分でやれば」と考えるはずです。しかし、しかし・・・。

現状で大きく負けてしまい窮地に追い込まれた投資家は、これらの宣伝文句に、つい「ひょっとしたら」と誘い込まれてしまいます。ちょうど、振り込め詐欺で「自分は絶対に引っかからない」などと思っている人に限って引っかかってしまうようなものです。

これらも投資家が大きく負けて客観的な判断ができない状態と同じように「お宅の息子さんが・・・」と、突然言われたら一瞬パニックになってしまうでしょう。つまり「パニックになる」ということは、大きく負けている投資家においても、振り込め詐欺においても同様な心理状態になるのではないでしょうか。

つまり、常に客観的な状態でなければ正しい判断ができないと言うことです。これは、投資の世界だけでなく、日常生活や経済活動においても言えることです。ただ、これらは投資の世界では頻繁に起こるということだけです。

これらについて、投資家の皆さんも過去の売買において、心理的に追い込まれたときに、どのような判断を下したかを振り返ってみてください。恥ずかしい話ですが、私自身も過去において、そのような経験は何度もしています。悩みに悩んだ末に持ち株を全部投げたところが大底だったという・・・。

投資の世界は、一般のビジネスと異なり「欲」の部分がストレートに出ます。この「欲」は、時には善であり、時には悪でもあるのです。「悪」に取り付かれたら大変です。身を滅ぼすまであるのです。「欲に絡んで・・・」という話をよく聞きます。

私は常々申し上げています。投資の世界で難しいことは、今後の見通しや銘柄選択、売買テクニックなどではなく、本当は、投資家自身の「感情のコントロール」にあると・・・。しかしながら「欲」と「感情のコントロール」は相容れないものであり、投資のおいては、これらの矛盾が投資家を迷わしたり、苦しめたりするのです。

何事にもバランス感覚が必要です。投資の世界では、欲があって投資に参入するものの、欲が出すぎると負けてしまうという矛盾した世界なのです。投資家は、これらの矛盾をバランスを取りながら運用を続けていかなければなりません。

これらのバランス感覚も個人差があり、そのバランス感覚を研ぎすますには、どうしたらよいのだろうか。投資家には、資金量、性格、感性など、すべてに異なるため、一律に「こうすれば」と決め付けることはできないものです。これらを解決する方法はないものでしょうか。これらを解決する唯一の方法は・・・。

投資の世界は「欲」の世界です。パニックになれば最後には必ず負けます。そのような状況に追い込まれず、客観的な売買を実践するにはどうすれば良いのか・・・。これらの解決策については、当欄で何度も解説していますので、賢明な投資家の皆さんは、すでにご理解いただけていると思います。

 

『欲が絡めば見えるものも見えなくなる。入れ込みすぎは盲目となる。利得を前にしては道義を思え。』

『欲深き者は財により身を滅ぼし、策士は言葉により身を滅ぼす。権力を持つ者は、その権力により身を滅ぼす。足るを知るべし。「吾唯足知」。』

熟練者のリスク管理

暴落などで急落し、株価が低位株となってくると、そのボラティリティ(株価変動率)が高くなってくるのが一般的です。しかし、株価が安くなり値ごろ感があるので買いに入りたいなどと考えるのは初心者です。

たしかに、誰でも株価が安くなってくると割安感が出て買いやすくなるものですが、一般に、低位株はハイリスク・ハイリターン銘柄であることをご存知でしょうか。いまさら、その理由を説明するまでもありませんが、安易に株価が安いなどと飛びつくと、とんでもないしっぺ返しにあうことがあります。「安物買いの銭失い」とならないように十分注意していただきたい。

初心者は株価が急落すると、その評価損の大きさにパニックになり、多くの投資家は次のような行動をとります。

その1、その苦痛から逃れるため、すべての持ち株を投げてしまう。
その2、フリーズ状態になり、何もできずそのまま傍観する。結果的には塩漬けに。

これらは常日頃から危機管理ができていないことを意味しています。

暴落時に上記のいずれかに該当した場合には、残念ながら投資家としては、まだ初心者と言わざるを得ません。相場の世界には予測もできないことが、投資家が考えている以上に頻繁に起こります。そのため、常に危機管理は怠ってはいけません。大事なことです。

初心者の場合は常に上ばかりを見ていて、万が一の時の危機管理がほとんどできていないようですが、では、熟練者の場合は、これらの危機にどのように対処するのでしょうか。

熟練者のリスクに対する対応策は、急落時には、もちろん素早い損切りができます。さらに「つなぎ」を入れます。ヘッジとして先物などに売りつなぎを入れるなどの対応を行います。相場の急変に対応できる準備が常にできています。投資の世界で利益を上げるには、このリスク管理が勝敗を分けることになります。

しかし、熟練者であってもすべて相場の見通しが的確であるわけではありません。これからの相場の行方など誰にも分からないわけですから・・・。暴落と思って先物にヘッジを入れたにも係わらず戻ってしまったという空振りもあるわけです。投資の世界は「失敗の続くゲームである」とも言われています。

さらに、上級者やセミプロなどと言われている投資家のリスク管理はどのように行っているのでしょうか。上級者、セミプロなどの投資家であっも、その最大のリスク管理は「損切り」にあります。損切りができずに相場の世界で生き残ることはできません。

上級者、セミプロ、あるい専門家のリスク管理の方法は、上記の熟練者のように「急落時には・・・」ではなく、「常日頃から・・・」というリスク管理を行います。つまり、多少の相場の変化にも機敏に反応し、どのような相場展開においても、素早い損切りや常日頃からのヘッジ導入により、体制を維持して運用していくわけです。

具体的には、相場変動により売りと買いの両建てにしたり、その売り買いの資金量に変化をもたせ、さらには先物なども組み入れて、保険をかけながら継続した運用を行っています。これらにより、投資を「売買」から「運用」というステージにランクアップさせることができるのです。

どのような相場状況においても常にヘッジを導入し、臨戦態勢で挑み、市場がどのような方向に展開しようとも、継続的な運用を可能とする投資体制を維持します。このような投資手法が投資をビジネスと捉えている投資家の手法です。

「休むも相場」と言われますが、投資をビジネスと考えている投資家には休みはありません。投資は、その継続性があって初めて収益を上げることができるわけですから、休まずに運用する手法、そこには常に損切りやヘッジを取り入れた運用手法が不可欠です。

相場の急騰、急落でバタバタしているようでは継続的な運用はできません。リスクヘッジについては当欄で何度も解説していますが、「継続的運用」には絶対欠かすことのできないアイテムです。しっかりと理解し、実践においては、リスク管理を採用した運用を行っていただきたいと考えます。

システム売買と自己判断

一般的に投資家は暴落にあい、持ち株が評価損となると、今後の反転を期待して頑張ります。さらに評価損が拡大してきても、自分にあれこれ言い訳しながら我慢強く耐え忍びます。

しかし、さらに損失が拡大すると冷静な判断能力は失われ、追証なども発生し我慢しきれず持ち株をすべて投げ出し損切りとなります。もう株式投資は、こりごりだなどと深く反省し、その後は、株式のニュースなど聞くこともなく時が経過します。

しかし「日経平均が急上昇」などとテレビのニュースが流れると、今まで眠っていた本能をピクリと刺激します。しかし、冷静さを取り戻しているので「もし、あそこで我慢して持ち続けていたら良かったのかなあ・・・」などと客観的な判断をします。

それなのに、投資金をどこからともなく集めてきて「もうこりごり」だったはずの市場に再度チャレンジするものです。私は長い間相場を見続けてきていますが、悲しいかな、いつもこれらの繰り返しです。

何の技術も持たず感情的な売買を続けると、このように「大底で投げ、天井で買い」という最悪の構図となってしまいます。これらは、いつの世にも変わらぬ光景です。投資の世界はなぜ進化しないのでしょうか・・・。

実際の運用を投資家から聞いてみますと、相場急落時に空売りの評価益があまりにも多くなったので早々に利食いしてしまった。その後は買いのタイミングを見失ってしまった。また、買い持ちの銘柄が大きく引かされてしまったので恐ろしくなって処分してしまった、まだ買いには入っていないなど。

投資とは、投資家の自由意志により売買するものですが、そこに投資家なりの投資哲学がなければならないと思います。何度も申し上げていますが、相場の世界は、一般社会と異なるところであり、人間の本能の部分までもかき回されてしまいます。

投資家は客観的な立場が取れなければ相場では勝つことができません。投資家は、大暴落やその後の上昇場面においても客観的、かつ冷静な立場で相場を見ることができる状態を作り出さなければなりません。

「客観的、かつ冷静な立場で・・・」のためにシステム売買をお奨めしています。その理由について、すでにご存知であると思います。しかし、実践すると、その実行に悩み、継続が困難であることも事実のようです。なぜでしょうか。

特にシステム売買においては、その本質を理解しないまま、儲かりそうだからと安易に参入し、損が続くとすぐにやめてしまいます。また、システムの指示が投資家の判断と異なるときなど、その売買を見送ってしまうなどの勝手な判断を下してしまいます。

なぜそのような行動を取るのか。システム売買の本質を理解していないと言ってしまえばそれまでですが、何事でも自分の確たるものにするには、それなりの苦悩や試練があるものです。

赤ん坊は時々熱を出します。はしかにもかかります。そのたびに母親は心配しながら看病します。子供はいくたびか熱を出しながらも成長していきます。それは大人になるための準備をしているのです。

システム売買にも、それなりの試練は付きまといます。それらを乗り越えて初めて自分のものにできるのです。

一度、システム売買の指示に忠実に従い、そして継続的に運用した場合と自己判断での運用を比較し、検証してみてはいかがでしょうか。

リスク回避

投資にはリスクが付きものである。これは周知の通りですが、では、リスクを回避するにはどのような方法があり、また、どのように利用するべきなのでしょうか。

ご存知のように、投資における一番のリスク回避策は「損切り」です。「利は損切りにあり」「見切り千両」などと言われるように、損切りなしで長期間にわたり収益を上げることはまず不可能でしょう。投資初心者は、この損切りができず悩み続けています。

投資家は常に「どこかに良い投資手法はないものか」と探し回っているようですが、損切りができなければ、どのようなすばらしい投資法であっても収益を上げることはできませんし、投資家の資格などありません。損切りができて初めて投資家と言われるようになるのです。くどいようですが・・・。

投資において、損切りが一番重要であることは十分承知しているものの、大暴落に遭遇すれば、すべての保有株が損切りとなってしまうことになります。これでは、損切りの大切さは分かっていても金銭的、心理的なダメージは非常に大きなものとなり、投資に対する意欲も減退してしまうのではないでしょうか。

では、損切りをしつつも金銭的、心理的にあまりダメージを受けない方法はないものでしょうか。投資をビジネスと捉えた場合、やはり、そこに継続性が求められます。「継続なくして利益なし」「継続は力なり」と言われるように、継続して利益を積み上げるスタンスを取らなければなりません。

そこで登場するのが「ヘッジ」という考え方です。リスクヘッジというのが正しい言い方ですが「ヘッジする」という言い方でリスクヘッジすることを示します。

たとえば、株をたくさん保有している状況で、株式市場全体の下落が続きそうだと考えたとします。そのような場合、日経平均先物を売ったり、日経平均のプットオプションを買ったりすると、保有株が下落した際に、損失がある程度相殺することができます。

また、割高と思う株を売り、割安と思う株を買って、買い建て金額と売り立て金額を同程度にする戦略もリスクヘッジ型の投資法のひとつと言えます。

個人投資家がリスクヘッジをするといっても日経平均先物を売ったり、日経平均のプットオプションを買ったりすることは、知識や技術面において早急には難しいでしょうから、ヘッジというものを理解する基本的なところからスタートするのはいかがでしょうか。

ヘッジ売買の一番シンプルな手法は、やはり「サヤ取り」でしょう。サヤ取りとは、割高と判定した銘柄を売り、割安と判定した銘柄を買って、買い建て金額と売り建て金額を同程度にして運用する手法です。これらは、ペア・スプレッドやアービトラージなどと呼ばれています。

このような手法であれば、大きな利益は期待できないものの、堅実に利益を積み上げることができるでしょう。これらにより、相場変動に左右されず、継続的な運用が可能となります。まさしくビジネスとして最適な投資手法ではないでしょうか。

これらを更に発展させた手法にマーケット・ニュートラルと言う手法があります。この手法は、その名のとおり市場中立戦略です。割高と判定されるものを売り(ショート)と同時に割安と判定されるものを買い(ロング)、収益の機会を待ちます。多くの銘柄により構成された売り銘柄グループと買い銘柄グループに分け、ヘッジすることにより市場変動に左右されない多彩な売買が可能となります。

更に進化させた手法にマーケット・フォロー型の手法があります。基本的には、マーケット・ニュートラル手法と同じようにヘッジを行いながら売買するものですが、異なる点は、市場の変動を積極的に取り入れ、売り(ショート)と買い(ロング)の資金量を市場変動に合わせながら運用するものです。

以上のように、投資手法には裁定取引のように安全性の高い、リスクを回避しながら安定的な収益を上げていく、さまざまな手法があります。これらの手法は、たとえ投資資金量が大きくなっても、精神的なストレスをあまり受けずに運用できるという魅力もあるのです。

今後は、旧態然とした従来の当て屋的な売買から脱却し、大きなリスクを回避して、安定的に運用ができるリスクベッジを取り入れた投資手法をお勧めいたします。

◆リスクヘッジを取り入れた投資手法の詳細については、拙著「ロング・ショート 戦略、勝利の方程式」(日本実業出版社)に記載されています。

知識は財産

皆さんは確定拠出年金法(日本版401k)についてご存知でしょうか。詳しく知らない方も多いかもしれませんが、最近、各方面で取り上げられているようです。

『日本において、2001年10月から施行された確定拠出年金法にもとづく確定拠出年金は、一般に日本版401kと通称されています。これらには「企業型」と「個人型」の2つがあります。「企業型」は、企業側が運用リスクを負わなくて済む反面、従業員に適切な投資教育を十分に行わなければならない。』とあります。

日本版401kは、企業の年金負担を減らし、従業員に「自己責任」で老後資金を形成させるということから始まったようです。「企業型」は、掛け金を企業が負担し、貯蓄、保険などの元本保証型商品と債券や株式などのリスク型商品を個人が、いずれかを選択し、運用成績に応じて将来受け取る年金額が変わってくるという仕組みです。

「企業型」日本版401は、導入企業が着実に増え、加入者は250万人を超えたそうです。しかし、その運用実態は、今回の金融危機あおりを受け、多くのリスク型商品が、ほとんどマイナス状態で大きなダメージを受けていると言われています。

ある利用者は、「増えるはずの401kが、増えるどころか逆に減っていたのだ。この先、目減りし続けて60歳を迎えなければならないのだろうか。どうしたらいいか分かりません」と言う。切実な問題でもある。

また、数年前に401Kが導入された企業のある従業員は「最初、全額日本企業のファンドを選択したが、現在は多くの損になっていて、半分だけ年金に変えた。ところが、その後も下がる一方、半分残した日本企業のファンドの状況は、いまや恐ろしくてサイトを開けてみる気持ちにもなれません。これが年金の正しい使い方かどうかと疑問に思う。自己責任の時代という自覚が必要なのかと痛感します。」と言う。

「企業型」日本版401のリスク型商品は「従業員に適切な投資教育を十分に行わなければならない」とあるが、それらは適切に行われているだろうか。現実的には、確定拠出年金の運用リスクを企業側が負えなくなっているという問題があるようだ。

ストレスの多い職場で、日々の仕事や人間関係に精いっぱいであり、そのうえ、お金の運用まではという人も多いだろう。ここで現実を直視し、正面からお金と向き合わなければ幸せな老後は送れないのだろうかと考える人も・・・。

今後は企業の負担を減らし、その負担と責任を従業員が負うというスタイルになってくるものと思われます。これらは企業と従業員との関係に距離が大きくなるのではと危惧するところです。

確定拠出年金に見られるように、今後は、国民一人一人が経済的に自立した社会を目指していくということだろうから、このような状況、時代背景を踏まえ、私達は「これからは国や社会に依存することなく、個々人が経済的に自立し、自己防衛をしていかなければならない」との覚悟が必要となってくるでしょう。

「個々人が経済的に自立し、自己防衛・・・」となれば、当然ながら金融知識も必要となってきます。それらの金融知識も高度なレベルが要求されてきます。この知識の度合いにより、将来に大きな格差が生じてくると思われます。

以前にもコメントしましたように、我々は、好むと好まざるにかかわらず、そこにある「時代背景」に大きく左右されます。ならば、その時代背景を味方に付け、知識を活かし、大いに荒波を乗り越えて行こうではありませんか。

「知識は財産」です。企業に勤め、それらから得られる収入には限度があります。しかし、知識を活かした収入は無限大の可能性もあります。投資家の皆さんも大いに知識を身につけ、将来に大きな夢を抱いて頑張りましょう。

是か非か

ある年配の投資家が言っていた。「株式投資は長期投資が良いのだと教えられてきた。そして、それを信じて今まで運用してきた。しかし、現段階で見る限り株式市場と同様に大きく資産を減らしてしまった。たしかに、良いときもあったが、最近、私が信じてきた長期投資に疑問を持ちはじめた。これなら定期預金にでも入れておけば良かった」と話していた。

日経平均は過去に高値で4万円近くあった。それから30年たった現在でも2万円前後。30年長期投資をしてもまだ資産が目減りしたままの投資家もいる。これで長期投資が良いと言えるのでしょうか。疑問がわくのも当然かもしれません。

昔は、たしかに長期投資の成果は大きかったと思います。その理由として、当時は額面(当時は50円)での株主割当増資が主で、株主は株数増加の恩恵が大きかったこと。それと、日本が高度成長経済で業績が大きく伸びたことによる恩恵が大きかったと考えます。

ところが、昭和40年半ばから完全時価発行公募増資となって様子が大きく変わってしまった。また、日本経済も成熟期に入り、コンピュータの発達とともに情報化時代となり、商品のライフサイクルの短期間化、消費者の嗜好の多様化などにより経済成長が鈍化傾向となってきました。

これらの要因により、長期投資のパフォーマンスが振るわない結果となっているのでしょう。それでも長期投資の神話が崩壊するとは思いませんが・・・。

森羅万象とどまることを知らず、すべてのものは常に変化しています。同様に経済も日々変化しています。おのずと経済をはかる尺度も変えていかなければならないと思います。

私は常々思っています。ビジネスにおいても投資活動においても大切なことは、そこにある「時代背景」を読むことであると考えています。時代背景を無視してはビジネスでも投資活動でも成功することはできません。

人間はある程度、歳を取ってくると今までの積み重ねた体験により、現在の世の中を判断します。そのときに現代社会の矛盾や間違いを批判し始めます。それは自分自身が過去において体験したことと現在を比較しての批判です。過去の体験がすべて正しかったかのように・・・。

体験は過去であり、過去の成功体験はすでに過去のものです。その体験がすべて現在に通用するとは限りません。世の中は常に変化しています。現在は現在に通用する尺度で見る必要があるのです。過去の体験は体験として尊重しつつ、現在の現象は現実と受け止め、それらを的確に掴む必要もあるのではないでしょうか。

団塊の世代が70歳台となり、今後、その人たちに長期投資が良いといっても、20年後に、その儲けたお金で何をするのでしょうか。人生を楽しむと言っても・・・。

長期投資を勧める評論家達は、現在の長期投資の成果をどのように見ているのでしょうか。現在は100年に一度の大チャンスなのだから、ここでもう一度買いに入ることですよなどと勝手なことを言う。すでに全財産をつぎ込んでしまっているので、新たな資金は出せないと言うのに・・・。

また、彼らは分散投資を勧める。分散されたポートフォリオを長期にわたって保有することで本当の効果がでるのですなどと言う。その分散方法も外国の株式や債券、外貨に分散するのです・・・と。そう言われても国内の株式投資でも大変なのに、いまごろになって海外の株式や債券、外貨などと言われても分かるはずもない。

これらもすべて結果論であり、後付では何とでも言える。たしか、あなた(評論家)は国内の株式投資専門ではなかったのでは・・・。あなたは時代背景を的確に掴んでいますか・・・。

決して長期投資を否定するものではありませんが、上記のように以前から比べると、長期投資の効率が低下しているのは事実です。

では、どのような投資手法が良いのだろうかと迷ってしまうところですが・・・。私が考えるに、たとえ株価が半分になっても、たとえ2倍になったとしても運用し続けることができる投資手法、そして、パフォーマンスは別として、年次決算で必ずプラスの成績で終わる投資手法、これがベストではないかと考えます。

これらの手法は、各投資家が考え、構築すべきものであると思います。私もこれらの考えのもとに運用システムの構築に励んでおります。

金融派生商品

散歩の途中ぶらりと書店をのぞいてみた。投資関係のコーナーは当然ながら現在の相場状況を表すかのように縮小されていた。そのような中、目に付いたのは「仮想通貨」「FX」の投資指南書である。

今、仮想通貨がブームなのだろうか。仮想通貨は投資金が少なくても売買ができ、また、株式投資のような面倒な銘柄選択なども必要ないため人気なのだろうか。

また、日経225の先物にも人気があるようだ。そのような投資技術書が幅を利かせているように感じました。また、CFDなる取引もある。

CFDとは?
CFD (Contract For Difference、「差額決済契約」)は、通常の金融取引商品に比べ、さらにパワフルでより有利な金融取引を個人投資家に提供する革新的な金融取引商品であるなどと説明されている。物理的に現物株(原資産)等を所有することなく、原資産取引と同様に売買価格の差で決定する。

つまり、戦前に行われていたような差金決済である。例えば、トヨタ自動車現物株CFDを1現物株CFD購入したとします。この現物株CFDの価格は、実際のトヨタ自動車現物株の値動きを反映しますが、実際に現物のトヨタ自動車株を保有しているわけではありません。しかし、通常の現物株取引と同様に、売買価格の差額がCFD取引の損益となります。

FXにおいてもしかり。日経225の先物、CFD、仮想通貨にしても、小額の資金で大きなレバレッジをかけて大儲けができますとのキャッチフレーズです。最近、FXのレバレッジが高すぎるので10倍程度にすると検討されていましたが、業者側の反対によって却下されたようです。

各証券会社もこれらの勧誘に力を入れているようです。まるで投資市場はギャンブル場と化しているようです。このような市場に素人投資家や初心者を勧誘するのは、いかがなものか。証券会社や出版社のモラルを問いたいところである。

私は、投資において企業の収益以上の収益率を上げようとすることは、その裏には、それらと同様、あるいはそれ以上のリスクを孕んでいると申し上げています。投資市場で取引する投資家は、これらを十分理解した上で慎重に取引していただきたいものです。老婆心ながら・・・。

投資では、それなりの投資資金を準備し、投資知識を習得した後に参入するものです。それでも市場から収益を上げることは困難なものです。特に金融派生商品は、さらに高度な知識の習得を必要とし、これらに素人投資家や初心者が参入することは、もってのほかである・・・と考えるのは私だけでしょうか。

今後、ますます新たな金融派生商品が開発、発売されてくると思います。これらの仕組みの多くは、それらを販売する側、取引させる側に有利な仕組みとなっていることを理解しておかなければなりません。「儲かりますよ」の甘いささやきに惑わされないように心がけたいものです。
『欲しい物があったら必ず自分で取りに行け。外部のささやき、甘言などはすべて拒否せよ。外部のすすめで失敗すると「恨み」だけが残る。』